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2004年08月31日

8月31日

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朝からサリムを待っていたが何の連絡も無い。昨日明日全ての準備が整うぞと豪語していたのだが。いつも大げさにいうので期待はしていなかったが完全放置とは。。。何のメリットも無い嘘である。国民性なのか個人の性格の問題かは分からないが慣れてしまった自分も悲しい。何もせず終わる。なんだかなー。サリムにとっては普通の日でも俺にとっては大変貴重な時間なのだが。明日の午前中までに何の連絡も無かったら電話しよう。家に帰るとペドロが料理をしていた。見守る。ディアナと両国の教育について語る。ディアナのいかりや長介みたいな顔が好きだ。フランス人のジェルミは顔を近づけて話す。キスするんじゃないかと思うくらいの距離である。夜は飲み会に参加する。イサベラとパウリーナは11時くらいに帰宅する。楽しいのだろうか。マットとアコスと色々話す。軽い下ネタも飛び出す。そして将来の話もちょっとした。アコスはドイツやイギリスで働きたいらしい。給料がいいから。インドと中国に着目していた。込み入った話はまだ出来ないがとても楽しくて時間が経つのがあっという間だった。来週も行こう。SMITの一人は日本に住んでいた事があるらしく日本の話で盛り上がる。風雲たけし城の話をまさかオランダで出来るとは思ってもいなかった。

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2004年08月30日

8月30日

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筋肉痛で眠い。寝る。サリムに電話したら数分で行くと言っておきながら電話の最後に30分後という。1時間後だなと解釈したら2時間くらい待たされた。殆ど昼前だ。振動に関しては問題ないと言っていた。昼休みに電話まだかと再度プレッシャーをかける。明日の朝やるらしい。ほんとかよ。昼はインターネットを見ながら軽くキャリブレーションをする。校正は飽きた。寝る。六時に帰る。マリアーナが料理を作っている。この女性が一番苦手だ。どう見ても俺の事を嫌っている様に見える。しかしヨーロッパの女性は腹が出ていようがいまいがへそだし満開である。すごい自信だ。しかし料理は美味しかった。フィンランドの40%の酒を調子に乗って酔っぱらう。ルイの物まねに爆笑していたら変人扱いされる。皆がマフィアゲームに興じている中寝る。すげぇ酔った。それにしても酔い過ぎである。ビール一本で酔う。寝てるとこをルイとトゥーリに撮られる。なんぼでもとってくれ。

2004年08月29日

8月29日

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夜更しがたたって9時半起床。どっかに出かけようとするもどこか乗り切れず、雨が降ってきたのを口実に外出はあきらめふて寝するがその後天気は回復しいわれの無い虚無感に苛まれる。インターネットで就職情報を調べる。コンサルティング会社に惹かれているが自分は果たして向いているだろうかという疑念にかられる。俺は合理的に物事を考えられる人間ではない。試行錯誤がただ。アングロサクソンには勝てない。ただ行動力はある。精神的タフさもあるが体力的タフさは無い。自分で考えるのは得意だがいわれたことをそれ以上にこなす自信もある。裏を返せばいわれた通りにやるのが嫌なのだと思う。製品の研究開発なんかだと気持ちが塞がるような気がする。とにかくもう少し勉強が必要だ。ただ俺は働くことがとても楽しみだ。会社の知名度よりも仕事内容で決める人間なのでどっかでは働かせてくれるだろうと思う。ドクターは多分行かない。自分は研究には向いていないと思う。研究職でいいと思うのはフレックスタイムに近いことと、私服で働けることだ。ただ世間一般の私服OKというのは無難な服なのでそこまでして私服を着たいとも思わない。
なんだかんだで7時。アリの食事の準備を何となく手伝う。今日は20人だった。日々人数が増していく。限界に近い。12時頃からエリックと話す。俺が話についていけてないことを見抜いている様だ。さすが鋭い。それとも俺が部屋にこもっていたからだろうか。その後ルイとパトリシアと話す。ポルトガル3人衆は陽気で好きだ。フランス人のジェルミも話しやすい。ただキスの挨拶は未だに何となく目をそらしてしまう。

2004年08月28日

8月28日

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朝10時前に起きて11時ちょっとすぎにロビンと買い物に出かける。買うのは今夜の食事の材料だ。春巻やら鶏肉やら買う。なんやかんやで帰ったら3時前、何やら台所を掃除している様だ。ちょっと手伝ってみるも入り込みきれず洗剤を買うついでに筋トレしにいったら閉まっていた。仕方なく帰って6時半から食事作り。ロビンがかなり水少なめで御飯を炊いていたが見事に固い御飯が出来る。無理矢理水を足してどうなるかと思ったら意外に大丈夫であった。春巻きは60個で3ユーロくらいなのだがかなり美味しかった。途中カナダ帰りのガイも加わり3人で作る。意外に好評であった。中国茶を振る舞ったがディアナは苦くて渋い顔をしていた。今日も酒盛りかと思ったら皆昨日の飲み会で疲れたようで大人しくしていた。俺が望んでいたまったりの時間だ。何かウノが始まりその後マフィアは誰だゲームをした。最初はゲームの内容が掴めず付いていけなかったがようやく分かってきた所でマフィアでないのにマフィアの振りをするという反則技をしでかす。難しいが面白い。日本人でも外国人でもお互いを理解するには時間を共有することが唯一の方法なんだなと感じた。

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2004年08月27日

8月27日

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サリムからメールが来て、俺の計測方法は間違っていると指摘される。んなあほなと思い真意を問いただしたら、体積比1:1で混ぜてたのを質量比1:1にしろとのことだ。しかし俺はサリムに体積比1:1で混ぜろと言われたと記憶している。フィーダーの流量はだから2倍になるんだよと言われたのだが。とこんな事を議論するのも時間の無駄なので素直に従う。3時から実験再開。6時に終わって図書館でデータを整理する。家に戻ると絡まれる可能性があったからだ。9時に帰って部屋にいたら忘れられて飯を先に食っていた。まぁええねんけど。そしてパーティー再び。どこからともなく人が湧いてくる。音楽がうるさい。音楽をかけたらいいと思っているあたりがちょっと違うなと感じさせる。アジア人何となく取り残される。俺は最初こういう次事態は語学力の問題だと思っていたのだがそうでもないらしい。カナダに6年留学していた香港の男性も取り残されていた。というかノリが違うという感じだろうか。何となく無理矢理盛り上がっているような感じがした。ポルトガル3人衆は楽しげだった。俺としてはどうやったら皆を楽しませる事が出来るかという事がいまいちつかめないのが乗り切れないところである。日本の笑いは通用しない。かといって気の利いたアメリカンジョークも言えず、仮に言えたとしてもあまり気が進むものではない。2時くらいに部屋にこもってまったりとした時間が来るのを寝ながら待っていたが結局寝てしまう。ヘリックスが"i want to sleep with you"の日本語訳を教えてくれと言われ、「一発やらせて」と答えたが合っていただろうか。

2004年08月26日

8月26日

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今日もサリムがいなかった。バイオマスと触媒の混合物のの振動による分離の試験をする。昼休みにイサベラと政治の話をする。難しい事を言おうとすると文法がめちゃくちゃだが、イサベラは理解してくれる。やさしい人である。アコスはずっと明日から行くロンドンの調べ物をしていた。お前は旅行をしにここに来ているのかと行ってやりたかったが言葉が見つからず断念する。食後、午前中にやっていた実験が無駄であった事に気づき愕然。気を取り直して再実験。6時までやる。イサベラも6時まで実験をしていた。彼女はまじめな人間で話が合う。部屋に戻るとアコスがまだいた。案の定旅行の調べ物だ。勝手にしやがれい。
家に帰ると静かだ。壁に金曜にパーティだと書いてあった。あほか。8時頃やつら帰宅する。10時半にパーティーにかり出される。ロビンと二人はぐれて帰ろうかと思ったが皆を発見、取りあえず踊ってみる。アメリカンのジェシカに顔を思いっきり近づけられて写真を撮られてびっくりする。そしてロイは踊りが上手だった。遊び慣れている様だ。彼には勝てそうも無い。そしてジェシカはそんなロイを気に入った様だ。俺も何か女の子と踊ってみる。ぎこちない。ジェシカは怖くて近づけなかった。しかしパーティーというのはひたすら踊るだけなのか。デスコだ。俺にはいまいち楽しさが分からない。世の中にはもっと楽しい事があるのになぁと思う。こんだけパーティーがあるのは新歓の時期という事もあるが、他に娯楽が無いからというのもあるのではないかと思った。少なくとも亜細亜人の俺には理解しがたい物がある。同じアジアンのアリも踊っていたがぎこちなかった。意外な事にスペイン人も踊りが苦手そうだった。こっそりとんずらして帰る。ねよ。

2004年08月25日

8月25日

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起きたら9時だった。寝すぎた。取りあえずサリムがいないので温度計をなんとかしようとするもどうにも分からずミュラーに頼むとメーカーに電話して何とかしてくれた。ありがたい。ミュラーはいい人だがいかんせんしゃべるのが早い。部屋で報告書を書いているとサリム出現。触媒と同じ比重の粒をくれる。報告書を書いていたのをさぼっていたと思われた様だが気にしない事にする。準備に時間がかかって実験を始めるのが5時からになった。イサベラも実験をしていた。俺の上司は厳しくないかと聞いてきた。スィアットに比べたら厳しいだろうが俺としてはもっと厳しくても構わない。彼女はスィアットの放置プレイにちょっと不満があるらしい。そしてアコスのダメだしをしていた。俺も彼はダメだと思う。言われた事以上の事をやろうとしない。人を使うのが下手な人間と言われたことしかしない人間。日本と同じだ。家に帰ったら新住人登場。フランス人のジャミー君だ。ラテン系だけにフレンドリーだ。そしておしゃれだ。多分。皆の飯を作るのはいいが食べる時間が遅すぎる。食事開始が九時半だ。あと凝り過ぎだ。最初飛ばしすぎると後々グダグダになる可能盛大だ。おかげでイサベラらとの待ち合わせに間に合わず、取りあえず行ってみるも会えるはずも無く、コンサートを聞いて帰る。ルイ達に会わない様に裏道を通って帰る。俺はあまり賑やかな所は得意でない。自分が主役でない限りは。明日はちゃんと皆と合流しようっと。

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2004年08月24日

8月24日

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昨日の筋トレの疲れで異常に眠い。仕事が無いのを口実に寝る。フィーダーに触媒とバイオマス混ぜたら振動で触媒下に沈む疑惑発覚。サリムにメールをする。実は彼も把握してたらしい。夜御飯はドイツ3人組が作った。キャベツが酸っぱすぎるが完食する。昨日のライスにリアクションを取りすぎたらしくお米大好きキャラになってしまった。まぁいいか。食後ドイツの強い酒を飲む。エリックが「これは無理だ」と連呼していた。ポルトガルでは乾杯はチンチンと言うことにエリックが反応していた。勉強熱心な奴だ。俺もちょっとだけ飲んだのだが予想以上に酔った。疲れていたのもあるが自分でもびっくり。俺こんなに弱かったかなー。顔が赤いのを皆に心配される。キャンパス内で飲み会があったが断って寝る。もともと気が進まなかったのでいい言い訳となる。

2004年08月23日

8月23日

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キャリブレーションの結果をサリムと話し合う。かなり低い電圧で稼働するっぽい。サリムがpyrolysis kineticsを知っているかと聞いてきたので文献で見た事あると言ったら、「恥ずかしがらないで知らないなら知らないと言ってご覧」と諭す様に言われ知らないと答える。すると勝ち誇った様に関係する文献を探し始めた。しかしグーグル検索だ。しかもキーボードを人差し指のみで打っている。しかも何故か PDFに変換している。しかも20分くらいかかった。よく分からない。昼ご飯を食べにいくとスィアットと俺とオランダ人で、しかもスィアットは5分くらいで帰っていった。残された俺は全く分からないオランダ語の会話に付合わされたまらず退席する。午後はフィーダーにN2を通すか通さないかでもめる。通さないと酸素が混入し、通すと気体の流れでフィーダーが上手く稼働しない可能性がある。サリムは通せと言ったが彼が実は良く分かってない事は知っているのでエディにすかさず聞いたら通さんでええと一蹴され素直に従う。バイオマスの体積の減少分だけフィーダーの先端に繋がったノズルからN2が流入するからだそうだ。フィーダーのとこにN2で満たされたビニール袋をバッファとしてつけたらどうかとエディに言ったらそんなのいらんとまた一蹴された。温度センサの故障に気づいたサリムだが知らないうちに消える。なんだよ。俺も帰る。筋トレをしにいく。帰ってきたらセバスチャンたちが大量に食料を買っている。彼らの中で係を決めて食事を作るつもりなのだろう。めんどくさいので俺はいいやと思って御飯を作りに台所に行ったらディアナとパトリシアがいて俺を含め全員の分の御飯を作っているらしい。俺もいつか作らなあかんらしい。めんどくせぇと思っていたがこれが中々ナイスな企画だった。やはり皆で御飯を食べるのは楽しい。スペインガイが108に登場、これで全室うまった。後カリフォルニアからいかにもアメリカンな女性が出現。彼女のジョークを理解出来ず語学力の無さを露呈する。英語圏の人物は皆自分の母国語に合わせてくれるからとても楽で言いなと思っていたが、ここにいるのは殆どが非英語圏の人間で、にもかかわらず英語で何不自由無くコミュニケーションを取っている(ように見える)。ネィティブがマイノリティーの世界。でも英語をしゃべる世界。彼女はどう感じるんだろうか。でも他言語を勉強しようとは多分思わないやろうが。それにしてもすごい環境だ。誰が何人なんてもう全く気にならない。こんなナイスな環境に住ませてくれた IAESTEに感謝したい。

2004年08月22日

8月22日

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一時くらいに筋トレしにいったら既に閉まっていた。どんまい。
その後はニュースを見つつ、6時にビーチバレーをする。前回より人数が多かったが締まらない試合となる。一人(名前忘れた、年齢不詳)派手な短パンに Hong Kongと書かれたシャツという奇抜な格好をした青年がいてかなりださかったがイタリア出身と分かりこれがファッションの本場かと思い直す。実際どうなのかは分からない。家に戻ったらポルトガルの女の子が2人登場。男ども盛り上がる。2人は男5女2の状況にちょっと警戒気味だ。何はともあれ賑やかになった。会話には困らないだろう、多分。しかし未だに英語のジョークの面白さが伝わってこない。皆にノリ突っ込みを教えたい。

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2004年08月21日

8月21日

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朝からレポートをやる。3時頃買い物に行く。サンダルと台所用品と食料を買う。帰ってオリンピックを見ながらレポートをする。男子400メートルメドレーリレーで日本が銅メダルを取った。ちょっと感動した。オランダにいるけど色んな所で日本を感じる事が出来る。音楽とかネットとか。でも日本にいる人間には会えない。それを考えると何とも言えず寂しい。帰る場所がある、待っていてくれる人がいるというのはとても幸せな事だ。俺は日本人として、オランダで後 60日勉学に励んでみよう。ロビンが言っていたがもうすぐ夏が終わるらしい。既に肌寒い。今年は夏を満喫出来なかった。タイでも行くか、それか真冬に南半球。

2004年08月20日

8月20日

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フィーダーのキャリブレーションをする。電圧が不安定なのでサリムに報告に行ったらいない。仕方なく計測を続けていたら4時前に片付けが始まる。おいおい5時までやろうよと思っていたら月曜に掃除屋さんが来るらしく片付けるらしい。1時間掃除をする。しかしミュラーは早口だ。早すぎる。聞き返しても早いのでしばしば適当に返事をする。困ったもんだ。帰ったらルイ3人衆がだべっている。こいつらは学校に行っているのだろうか。今日もパーティーに行くらしい。台所が汚い。奴らの仕業だ。掃除をしろと切れようと思ったら片付いた。適当なのかそうでないのかわからん。後はデザインシステム学のレポートを書く。というか分からん。明日やろう。ビーサンの鼻緒が切れた。新しいのを買わねば。最近テレビをルイに占拠されているので困る。奴らはオリンピックに興味が無いらしくホームコメディーを見てはチャンエルを変える。まぁテレビを見てもホッケーとかしかやって無いんやが。。。日本帰ったらオリンピック総集編とかの DVD買おうかな。こういうときに限って日本好調やし。中日然り。

2004年08月19日

8月19日

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ようやく計測らしい計測をする。といってもノズルの流量のキャリブレーションだが。3週間経ってやっとだ。何はともあれ実験が出来る事が嬉しかった。帰ったらルイにバレーボールに誘われる。5人でビーチバレーをするも皆へたくそで話にならない。セバスチャンが運動音痴である事が発覚。どこの国でもいるらしい。ヨーロッパ人は皆サッカーが上手なもんだと思っていたがそうでもないらしい。日本人が皆柔道が出来ると思っているようなだったのだろう。22時半からパーリィに誘われていて迷っていたが行く事にする。オランダに来て、言語の壁は勿論あるが何というか波長の合う人間がいない。文化の違いかもしれないがそれにしても皆遊び過ぎである気がしてならない。もっと深い話が出来る人間が一人でも入ればと思う。もしかしたらそういう人に会えるかもしれないという期待で行った。
結果、くそつまらん事が判明。オランダでいうパーティは音楽に合わせて踊る事らしい。一体何が楽しいのか意味不明である。同じTシャツを着て行動を共にする学生がいたので彼らはイベントのスタッフかなと聞いたらそうではなくて一種のサークルらしい。新歓なのでアピールしているらしい。テニスサークルのウインドブレーカーみたいなもんか。日本の学生とそんなに変わらない。酒を飲んで騒ぐ。楽しみ方がちょっと異なるだけだ。その音楽も知らない曲ばっかりなので乗り切れず、30分で飽きた。すると変な親父が現れた。酒でか麻薬でかは分からないが明らかにラリっている。色んな人に絡んでいる。面白そうだったのでこっちに来て欲しかったが来てくれなかった。自分から行ってもめんどくさい事になったら嫌だったのでやめておいた。あの人が一番面白かった。一番楽しいのは歌ってる人に違いない。何というか、人を楽しませると言う精神が無い。オナニー的である。俺が楽しめないのは国民性の違いではなく性格の問題であると思う。もうパーティには行くまいと決意する。少なくともパーティの場で素敵な人物と知り合える事は期待すまい。いつの日かこれが楽しいと思える日が来るだろうか。別に来なくてもいいけど。尊敬出来る人物に出会いたい。必ずいるはずだ。エリックみたいな変態が。

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2004年08月18日

8月18日

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サリムが来ない。昼になっても来ない。放置プレイ炸裂。信頼されているのかいないのか。しょうがないのでエディに聞いて出来る事をやる。明日にはノズルのキャリブレーションが出来そうだ。
今日は日本料理を振る舞う予定だったが話が噛み合ずパウリーナがすでにポーランド料理を作っていた。俺としてはある意味助かった。だしが無かったから。探すかおかんに持ってきてもらうかしてその内作ってあげたい。食後は色んな話をする。スイスは何故EUに入らないか、ポーランド情勢。話に付いていけない時があったが分かった振りをしていたら話を振られて頑張って話す。皆英語が上手で、あまりしゃべらない(英会話が得意でないかもともと無口かは分からん)人もマットのもごもごした英語を理解出来る様だ。もっと滑舌良くしゃべって欲しい。英語とドイツ語は違うとかいう話もしていたが、日本人から見ればお互いに近しい言語であり英語習得の観点から言えば俺らより有利である事は間違いない。皆がどれくらい英語を勉強しているのかを知りたい。しかし英語はあくまでもツールである。言葉が通じなくても心は多分伝わる。というかっこいい言い訳を考えた。でもほんとだと思う。帰り際に雨。短パンノースリーブの小学生スタイルでさっそうと帰る。寒かった。

2004年08月17日

8月17日

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今日も大工仕事が待っていた。バイオマスフィーダーを置く為の棚を作る。勝手に道具を集めてやっていたらこっちにしろと言われ変える。サリムに「クールクール」と言われ終了。一応作業は進んでいるが俺はここに大工仕事をしにきている訳ではない。これも研修の内ではあるのだが。早く実験がしたい。その結果について英語でどこまで議論出来るかが楽しみだ。昼休みにイザベらと日本料理の為の買い物に行く。やはりジャパニーズスーパーではなくアジアンスーパーだった。みそ汁はインスタントの奴があったので明日作ると安請け合いする。帰ってレシピを調べたらやはりだしがいるらしい。やばい。油もオリーブオイルしか無かったら困る。でも調べたらオリーブオイルと醤油は合うらしい。めんどくさいので明日考えよう。

2004年08月16日

8月16日

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木にワックスじみた物を塗って穴をあけてねじ止め。それが今日の仕事。意外に時間がかかった。俺は要領が悪い。昨日振り返って分かったが俺の生き方もどうやらその様だ。一貫性が無い。見聞を広げると言えば聞こえはいいが。勢い余ってオランダの僻地にいます。見聞は広がっているとは思うが、アングロサクソンには勝てないだろう。同じ事をして勝つ事は無理なんだが、言語の壁があるので。だからまぁいいか。給料は月300ユーロだった。家賃は払ってもらってるからまあいいか。多分1ヶ月200ユーロあればやっていけるので問題ないだろう。セバスチャンはベジタリアンだった。宗教上の理由かと聞いたら単なる趣味らしい。俺はベジタリアンというのは何らかのポリシーを持っている人(殺生を嫌う人とか)だと思っていたが、まぁ彼なりのポリシーはあるだろうが、ただ好きだからというのにはびっくり。まぁいいんやが。そして新しい住人登場。ロイ、ポルトガル出身。ポルトガル発音でホゥイみたいな。サッカーのルールは単純だよと言ったらそんな事無いと軽く切れられる。夜御飯は魚の冷凍フライとポテトチップスと言う最悪のコンビネーションを食っていた。トマトあげるよと言ったらいらんと一蹴された。テレビのチャンネルを変えまくる。ラテン系なのかマイペースなのか現代っ子なのか分からない奴だ。しかしドイツ人とポルトガル人と中国人と英語で会話するという事は23年生きてきてなかった訳だが、もはや何とも思わない。郷に入れば郷に従え。最近簡単な英語ですます癖がついてきたのでもっとアカデミックな英語を使えるように努力しよう。そしてちょっと怠け癖がついてきた。もっと精進せねば。しかし面白い環境だ。そういえば研修生にインターナショナルクッキングと称して日本料理を振る舞わねばならない疑惑が発生。みそ汁と生姜焼きでもつくるか。そして更に住人が増えるらしい。食事の当番なんかも決めた方がいいかもしれない。

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2004年08月15日

8月15日

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終戦記念日である。靖国神社参拝問題が毎年のごとく取り上げられていた。俺は靖国神社に公人が参拝する事は賛成である。国の為に命を落とした方々の心の拠り所が靖国であったという。国家を担う人間としてその様な場所に参拝する事は当然である。
この日は同時にインドの独立記念日であるらしい。しかしセレモニー中に爆発があり15人の子供が亡くなったらしい。スーダンの難民問題も深刻である。今この瞬間にも飢えで寝られない人がいる。それを考えると自分の境遇がなんと幸せであるかを感じずにはいられない。人間は欲望を抑える事を学ばないといけないだろう。それが人類の発展を妨げる物であっても。
そんなことを考えながらオレオを食し二度寝、11時前に起床、部屋の掃除をする。後はインターネットで情報収集、英語の勉強少々。自己分析の一環として自分の歴史を振り返ってみる。改めて見返すと、俺は変な人間だなーと思う。自分が一体どこに向かおうとしているのかが掴めない。ただ自分は人を傷つけて沢山後悔をして、思い出したくないような事もして、くだらない事を沢山して場数を踏んだと言う自負がある。色んなコンプレックスをはねのけていく人生であるなぁと感じる。一つ一つの物事に対して後悔はつきないが自分の歩いてきた道は間違いではないと思う。というか人生に間違った道など無い。というかどんな道を選ぼうともその道を自分の望む道に変える自信がある。
新しい住人がやってきた、セバスチャン(ドイツ)。英語はあまり得意でない。お互い切磋琢磨して、深い話を出来たらいいなぁ。4人で掃除当番を決める。俺は成り行きでお金管理係に。会計は苦手なんだが。

2004年08月14日

8月14日

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10時過ぎにチャリを直してもらいに行く。普通のアパートの中に自転車屋出現。45ユーロのチャリを買う。足ブレーキがついている。カブみたいだ。11時に大学正門前集合であったが時間は11時20分、家に帰って買い物をし、筋トレしに行ったら閉まっていた。どんまい。張り切って新自転車で待ちに繰り出す。初めて自転車を買ってもらった小学生の様だ。アジアンスーパーマーケットに行って怪しげな出前一丁を買い、日用雑貨店でワックスとすきばさみとハーバルエッセンスを買う。満足して帰宅。後はオリンピックを見る。途中ロビンと一緒に見る。アムステルダムに行く時は誘ってくれと言われる。飾り窓が見たいらしい。意外にスケベなやつだ。後中国語には敬語が無い事が発覚。意外だ。もらったワインが甘すぎて辛かった。最近はオレオにはまっている。グローバル企業は文化の画一化の原因であるから好きではないが、自分が外国に来て日本にいた時と同じ味のものがあるのは何とも言えない安心感である。皮肉である。

2004年08月13日

8月13日

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朝からイサベラとアコスで文化トークをして有意義な時間を過ごしていたらサリーが現れた。サリーは実際はサリムである事が判明。こういう時に限って脱放置プレイである。ノズルのキャリブレーションを頼まれるもその後エディに装置を全部組んでからにしろと言われサリムにそういったらじゃあそうしてと言われる。さてはこいつも分かってないなと悟る。マルクに聞いてチューブに穴をあけてもらうとエディとサリムが現れて実験装置の配置について話しだした。そういう大事な話はもっと早くにしなさい。取りあえず配置は決まり、木の板にニスを塗って終わる。帰りがけにアコスに明日の湖に着いて誘われる。自転車を買いに行くから無理だと言っても引き下がらないのでタイヤの空気が無いんだと言ったら(空気を入れようとしたら逆に抜けた)、事務の兄ちゃんに空気入れを借りに行く親切さ。正直あまり乗り気でなかったのでありがた迷惑となる。俺の自転車はかなり特殊なようで普通の空気入れでは入らずアコス断念。ほっとする。もし明日チャリが買えたら行くからと言って別れる。スーパーで買い物しようとしたら6時過ぎてしまっている。もうちょっと働こうよ。帰ってオリンピックの開会式を見ているとロビンがやってきて一緒に見る。色々話す。中国と台湾の関係に着いて話した。今台湾が独立を宣言したら戦争になるだろうと言っていた。んな大げさなと思ったが関係は複雑らしい。でも現在の軍備強化は牽制であり実際に戦争は起こらないであろうと思う。起こらない事を期待したい。ロビンも戦争は嫌だと言っていた。他にも色々な話をする。彼の英語はかなり聞き取りにくく会話が噛み合ない事が多々あったがなんとか乗り切る。ワインを飲んで就寝。少しずつ皆と親しくなれている気がする。洗濯したらティッシュ入れっぱなしで困った。

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2004年08月12日

8月12日

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朝からHengeloの警察に行こうと思ったら大学に書類を置いたままなのに気づく。どんまい。毎日チャリに乗っているのでなんかしんどい。予定から3分過ぎに警察着。この警察には3回来ているがいつ来ても変なにおいがする。手続きは3分で終了した。帰りがけに電話を買って帰る。12時に大学着。皆で飯を食う。俺の英語は上手くなっているのかよくわからない。話す相手による。もともとそんなに積極的に話しかける方ではないので話題に困る時がある。これは日本でもよくある事で、話したい事があれば話しているような気がする。まぁこんなもんか。住む環境によって常識というのは全く違うが、それに順応することは俺にとってはそんなに大変ではない。元々人の嗜好なんかには干渉しない主義であるので、あーこの人はこういう人なのかと、それで終わりである。オランダが自分に合っているというのもあるかもしれない。そんな感じで昼食を終え、実験室へ。サリはいないようだ。色んな人に聞きながら装置を組む。やはり俺の英語はなっていない。バイオマスのフィーダーの稼働に成功。一人喜ぶ。しかしキャリブレーションの仕方が分からない。サリーはやるべき事は教えてくれるがどういう風にやるのかとかそういう事を一切教えてくれない。仕方無いのでEddyに聞こうとしたら誰かと話し込んでおり聞けずじまい。5時に帰る。全く遅々としている。これでいいのだろうか。もっと働きたい。やはり俺は日本人のようだ。

2004年08月11日

8月11日

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初めて雨が降る。結構激しい。ウインドブレーカーを着るも意味なし。大学で着替える。今日は実験の準備をする。ところが作業が遅々として一向に進まない。サリーは取りあえず材料だけ集めてうろついている。どうしたらいいのかが分からないのだろうか。誰かに聞けよ。たまりかねて何をすればいいか聞くと、導線をコンセントにつなぐ作業を命じられる。やっていたら取り上げられて自分でやっていた。相当信頼が無いらしい。コンセント1つ完成させたところで休憩に入り戻ってこないサリーをほっておいて装置の確認をする。やる気があるのか無いのか。俺の事が嫌いなんだろうか。取りあえず終了。機械実用便覧を持ってきたら良かった。5時から他の研修生と会う。構内の店が閉まっており町中まで出る事に。段取り悪いな。町でもどこに入るか迷う。段取り悪いな。ようやく座る。当然飯を食うもんだと思ったが誰も頼まない。ヨーロッパではこれが普通らしい。言語の話をする。フィンランド人のサッポは欧米人にしては英語が多分得意ではなく、無口な方で何となく気が合う。途中トークについて行けず「腹減ったなぁ」とばかり話す。九時に帰宅、アリとサッカーをしていると謎のオランダ人現る。エリックと言って日本語が出来るらしい。来週あたりから渋谷で1年インターンをするらしい。ドイツ語スペイン語ポルトガル語も出来るらしい。変態である。日本の映画の話で盛り上がる。日本で有名なのはやはりアニメでだいたい知っている。エリックはマニアックで「ラヂオの時間」が好きらしい。300GbyteのHDに曲やプロモを入れまくっている。変態である。1時頃まで付合ったが全く終わる気配がないので帰る。しかしすごい奴だ。世界にはやっぱりすごい奴が沢山いるなぁと思った。トリリンガルなんてざらにいる。そんな人らに勝つには英語を話せる事ではなく英語で何が出来るか、語学力だけでは出来ないものを身につけねばなるまい。そして第3言語を学ぶなら間違いなく中国語を選ぶべきだ。中国語は欧米人には理解不能である。取りあえず変態に出会えてよかった。渋谷でエリックと酒でも酌み交わしたいものである。

2004年08月10日

8月10日

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大学に行ったらサリムがいない。しょうがないので昨日の文献を読む。半頁読んだらサッポが来て話す。コーヒーブレイクらしい。再び半頁読んだら昼食に誘われ一緒に食べる。ヨルダン人のスィエットに中国ブーイング事件を説明ししようと試みるも上手く伝わったかは不明だ。放置プレイにかこつけて下宿に電話を引いてもらいにいくと口座を開く必要があったのでそのまま市内に行く。ついでに携帯電話を買ってみる。しかし国際フリーダイアルにかけられない事が判明し3分で返品する。ついでに自転車屋を探してたが見つからず、大学に戻ったら4時半。大学は住みやすいが町まで遠くことあるごとに時間を取られる。ジムの入場カードを2ヶ月25ユーロで買ったが何回行けるだろうか。一応大学に戻るとサリーが探していたぞと言われる。やばい。ダッシュで向かう。大丈夫だった。放置プレイかと思ってそれなりの対策を練っていたが明日やる事をリストアップしてくれていた。俄然やる気が出る。別に雑用でも構わないが、出来るだけ深くプロジェクトに関わってやろうと決意する。がっついて行こう。しかし時間を上手く使わないと、出来る事もできなくなるなぁ。

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2004年08月09日

8月9日

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午前中にHengeloの警察に行ったら木曜にもう一回来いと言われた。店もまだ閉まっていた。どんまい。
インターンの責任者に初めて会う。ブレマーさんだ。バイオマスの熱分解と触媒の影響みたいな事に関しての研究らしい。やる気を見せたが専攻は何だと言われ、医療工学ですと答えたら、何だよ使えねぇなぁという雰囲気を醸し出される。その人にインド人を紹介される。サリーさんという人だ。研究に関して教えてもらう。「英語が早かったらいつでも言ってね」と優しげに言うがなめられているようだ。その後工場みたいなところに向かう。俺そっちのけで話す。何となく分かるがよく分からない。トーク終了後、「俺は日本の企業で流体力学に関するインターンを経験している」とアピールするも流される。昼食後再びサリーのもとに行くとブレマーと話している。取りあえず一緒になって聞く。やっぱり分からない。実験に関してよく分かっていない上に英語の専門用語も理解できず、二人とも訛が強い(これは言い訳だが)、三重苦である。取りあえず質問をしてみるも全く的外れの質問のようで、回答もよくわからないまま終わる。思ったより大変である。取りあえずサリーに頼んで関係する文献をもらう。何故かキレかけている。俺のせいかとも思ったが気にしない事にする。アコスに弱音を吐くと「まだ1日目だから当たり前だ」と言われる。言われてみればそうだ。取りあえずプロジェクトに関する知識を深める事と、専門知識を伴う英会話を円滑に出来るようにせねばならない。そうしないと的を得た質問が浮かばず、またそれを正確に表現出来ないからだ。俺はかなりなめられているようだがこれくらいで丁度良い。少しづつ信頼を得られるように精進する次第である。そして自分の出来る事、やりたい事、貢献出来る事をアピール出来るようになろう。
高ければ高い壁の方が登った時気持ちいいもんな~ byミスチル。

2004年08月08日

8月8日

チャリで駅前に行ってみる。昨日より激しく店が閉まりまくっている。買い物もくそもない。しょうがないのでその辺を散策してみる。色んな店があった。しかし平日は6時まで大学で、その後来ても閉店してて、土日は店開いてないし・・・いつ来たらええんじゃ!
駅のベンチで飯を食いながら色々考える。

オランダにあって日本に無いもの。
黒人:ジャマイカンっぽい人からラジカセかついでる系の人まで。勇気をもっていつか話しかけてボブマーリーの話題で盛り上がってみたい
蜂:謎に多い。いつさされるか不安でしょうがない
コーヒーショップ:麻薬を置いてある店、入ってないです
女性の腕毛:金髪なので剃ってないだけだと思うがちょっと気になる

日本にあってオランダに無いもの。
ゴキブリ:台所とか結構汚いのに何故かいない。見たこと無いだけなのかもしれない
ビニール袋:皆鞄にダイレクトに入れたり段ボールに入れてもって帰る
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自販機:駅前とかにちょっとあるけど異常に高い。しかも炭酸飲料しか売っていない。コーラ350ml200円くらい
コンビニ:24時間空いている店なんて無い
カラオケ:多分ない
キャバクラ:多分ない。風俗というか売春宿はあると思うがまだ見ていない

日本にいた時からこれはいらねぇだろと思っていたものがオランダには無い。とても共感できる。でもカラオケは欲しい。
日本ではコンビニとかが向かい合わせであったり、食料にしても衣服にしても取りあえず供給過剰だと思う。競争が激しくて、だからサービスも過剰になって、それ故に企業同士が切磋琢磨して結果的に高い経済力、技術力をもっているのかもしれないが、なんかちょっと違うんじゃないかなという思いが日本にいた時からずっとあった。中国も多分日本と同じような発展をしているだろう。これは恐ろしいことだ。
オランダでは土日に店は開いていない。就労時間も少ない。ここはそんなに大きい町ではないから、もしかしたらアムステルダムとか言ったらまた違うのかもしれないが、少なくとも日本に比べたらそうであろう。いつ買い物するのか不思議であるが、それが生活に必要なものであればどうにかして買うのだろう。休日はみんな休むものだという考えの違いもあるかもしれないがそれだけではない気がする。
日本みたいに同じような店が増えてくると、客を競合先から持ってくる為に色んな努力をする。それが差別化戦略である。その一環として営業時間が長くなっていく。消費者は消費者で自分の仕事の競合と争う為に働く時間が増えるから、夜遅くとか休日しか買い物が出来なくなる。要するに日本には会社が多すぎるのだと思う。ものがありすぎる。
日本における国民1人あたりのGNPは3万6千US$でオランダは2万4千US$である。数字で見れば明らかに日本の方が豊かだ。でもこの1万2千US$に、果たしてどれだけの価値があるのだろうか。
新しく需要を創出しないと会社としてやって行けないから、そうしないと経済が破綻するから、皆ブレーキを踏めない、いわばチキンレースで勝ち取った1万2千US$のような気がする。どちらが幸せだとかそういう問題ではないし、そんなことは誰も分からない。この考えを進めて行き着くのは共産主義であり、それが良いとも思わない。要はバランスの問題だ。少なくとも僕にとってはオランダの方が自分の感覚に合うところが多い。
そんな様なことを駅のベンチで考えた。
3時頃戻ると大学のそばにサッカー場があることに気づく。いってみると何かやっているみたいだ。ただで入れそうだったので観客席に行ってみるとチアガールが踊っていた。シーズン開幕のセレモニーみたいで試合は無いらしい。端の方にこっそり座ってみる。皆赤いシャツを着ていたが今日のシャツは黄色であり、しばかれないかと不安になる。選手が出てきた。皆歌いだす。サッカースタジアムに来ること自体が初めてだったのでびびる。キーパーのユニホームが黄色だったので安心する。しかしのりが悪いとしばかれそうな気がして、取りあえず拍手をする。最後にテーマソングみたいなのが響き渡り、観客総立ち。立つタイミングを失い座ったままで見る。端っこで良かった。しかししきりを挟んだ、多分有料席の兄ちゃんがフェンスをガンガンたたいている。座っているのにきれられても嫌なので立ってみる。セレモニー終了。帰り際かつあげに遭わないかと不安だったが大丈夫であった。映画館みたいなところに自販機があったのでリプトンのアイスティーを買う。飲んだらシュワ~、炭酸入りだ。どういうことだ。フライドポテトを買ったらマヨネーズをかけられそうになった。明日まで飲み物が足りるか不安である。スイス人のねえちゃんとかは普通に水道水を飲んでいるのでピンチになったらトライしてみよう。

2004年08月07日

8月7日

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午後二時前に買い物に出かけようとしたら同じアパートの中国人に会う。二時からアジアカップ決勝をテレビでやるらしい。中国ブーイング事件もあって一緒に見るのは何となく気が引けたが、中国の女の子も交えて三人で見る。二人はピザとビールを用意してくれていた。おいしい。ピザが一枚余って何となく遠慮していたら誰も食べずに下げられる。食べた方が良かったのかなあ。
そして日本先制。予想通り喜びづらい。その後中国追い付く。何となくほっとする。前半終了。ハーフタイム中に二人の名前を教えてもらう。親睦を深めた所で試合再開。日本追加点、そして駄目押し。二人がっかり。試合終了。「おめでとう」と沈んだ声で言われリアクションに困る。「中国はこれからもっと強くなるよよ」とか言おうとも思ったが上から物を言っているようなのでやめる。国際交流は難しい。
4時半くらいにチャリで隣町に行ってみる。カフェだかパブだか以外はどこも閉まっている。休日に閉めていつ稼ぐんだよと思ったがそういうものなんだろうか。カフェ以外は人影が見当たらない。他の人は何をしているのか謎である。ベンチに座っていると教会の鐘が鳴る。日本には無い光景に、遠くへ来たもんだなぁとしみじみ思う。なんというか、色んな意味で日本より余裕があるなぁと思う。人間もそうだし町並みもそうだし。日本人から見るとちょっともどかしいとい感じもする。取りあえず出来るだけ沢山のものを持って帰ろうと心に決めて帰宅する。

こんな研修したいひとはこちらへどうぞ
野口聡一さんも行きました 国際NPO IAESTEでいく海外研修

2004年08月06日

8月6日

一日研究に関する資料を読む。直属の上司が9日まで夏休みの為だ。英語の文献を読むのはどこまで頭に入っているかが分からなくて困る。単語がわかっても文として理解できるか、文が分かっても内容として理解できるか、言語としてどれだけ正確に捉えることが出来ているかに集中する必要があるので内容としての理解の到達度が把握しづらい。
人と話す時でもそうで、たまに良く分からなくても適当に流してしまう時がある。日本でもたまにやるのだが。加えて自分の言いたいことをうまく表現しきれないのでフラストレーションが溜まる。がんばらんとなー。

2004年08月05日

8月5日

同じ大学のIAESTEの研修生と会うことに。夜9時にEnschede駅らへんで待ち合わせる。途中黒人男性に「Yo!タイヤいかれてるぜ!お前程じゃないけどな、Shit!」と言われ、車の助手席に乗った女性に通り過ぎ様「ハロー!チャイニーズ?ニーハオ!」とか連呼される。あいつは絶対にマリファナを吸っていると思い目を合わせないでいたが、最後に手を振って答える。無性に心細くなる。
待ち合わせ場所には人が沢山いた。サルサのイベントがあるらしい。イサベラ、アコスに加えてパウリーナ(ポーランド♀)、アンナ(仮名、ドイツ♀)、サッポ(フィンランド♂)、ロバート(仮名、アイルランド♂)に出会う。仮名なのは名前を忘れた為だ。アンナはは梅宮アンナに似ているので命名した。ロバートにビールをおごってもらう。こっちのビールは日本よりちょっと苦く、炭酸も控えめだ。ごくごく飲む物ではないらしい。最初は男4人で話していたが音楽で話がよく聞こえないのでサルサを見よう見まねで踊る。その後女3人と俺で言葉について話す。11時くらいにイサベラとパウリーナ帰宅。残りの男と合流するとサッポとロバートがまだビールを飲んでいる。かなりビール好きのようだ。5人でディスコに行こうとしたら入場を断られる。俺が履いているビーサンがまずいらしい。ごめんなさい。しょうがないのでクラブみたいなことにいく。ドアが開きっぱなしで人が出たり入ったりしている。ロバートは2人が帰ったことに憤っていた。そしてアンナも帰宅。残った4人でまたトークを交わすも音楽がうるさく、何をするでもなく時間が過ぎるのを待っていた。飲み会で帰るタイミングが難しいのは万国共通のようた。あと男より女の方が精神年齢が高いのも万国共通のようだ。
前に欧人は大人びて見えると書いたが,見た目はそうでも中身はそうでもないかなと、ちょっと親近感がわいた。文化の違いはあっても性格は個人の問題で、アイルランド人はこういう気質だから…と決めつけることに何の意味も無い。こういう変な先入観を取り払えたらいいなと思う。

2004年08月04日

8月4日

アムステルダム着。電車に乗ってEnschedeに行く。駅のトイレを使おうと思ったらエレベーターみたいで使い方が分からず誰かが使うのをこっそり見ているとどうやらお金を入れるとドアが開くらしい。50セント硬貨が無いので売店で牛乳を買っておつりをもらう。トイレを出た瞬間に中に眼鏡を忘れた事に気づく。仕方が無いのでもう1回牛乳を買う。研修の手続きに顔写真が必要なので駅構内にあったプリクラじみたマシーンで写真を撮る事に。アナウンスがオランダ語で困っていたら変な黒人女性に笑われる。駅を出てバスに乗り大学前でおりる。指定された建物で書類を受け取る。Mentorという色々世話をしてくれる人を断ったので、すべて自力でやらねばならない。下宿先まで歩く。遠い。しかも荷物が多い。Mentorを断った事を後悔する。住居着、もろもろの手続きで色々なとこに行く必要があったが構内が広すぎる。気づけば8時。でも明るい。緯度が高いからだ。しかし眠い。わしゃ小学生か!と思ったがよく考えたら2日横になって寝ていない事に気づいた。寝る前に同じとこに住んでるインドネシア人のアリと話す。これからどうぞよろしく。しかしMentorを断ったのは間違いだった。

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野口聡一さんも行きました 国際NPO IAESTEでいく海外研修

2004年08月03日

8月3日

アムステルダム着。電車に乗ってEnschedeに行く。駅のトイレを使おうと思ったらエレベーターみたいで使い方が分からず誰かが使うのをこっそり見ているとどうやらお金を入れるとドアが開くらしい。50セント硬貨が無いので売店で牛乳を買っておつりをもらう。トイレを出た瞬間に中に眼鏡を忘れた事に気づく。仕方が無いのでもう1回牛乳を買う。研修の手続きに顔写真が必要なので駅構内にあったプリクラじみたマシーンで写真を撮る事に。アナウンスがオランダ語で困っていたら変な黒人女性に笑われる。駅を出てバスに乗り大学前でおりる。指定された建物で書類を受け取る。Mentorという色々世話をしてくれる人を断ったので、すべて自力でやらねばならない。下宿先まで歩く。遠い。しかも荷物が多い。Mentorを断った事を後悔する。住居着、もろもろの手続きで色々なとこに行く必要があったが構内が広すぎる。気づけば8時。でも明るい。緯度が高いからだ。しかし眠い。わしゃ小学生か!と思ったがよく考えたら2日横になって寝ていない事に気づいた。寝る前に同じとこに住んでるインドネシア人のアリと話す。これからどうぞよろしく。しかしMentorを断ったのは間違いだった。

2004年08月02日

8月2日

2004年8月から10月にかけていったオランダでのインターンシップの様子をライブでお伝えします。

名古屋空港から中華航空で取りあえず台湾へ。機内食はうなぎ丼じみたもので、暫く食べられないかもしれない和食に舌鼓。和食かは知らんが。乗継が悪くて10時間待たないといけない台湾の空港は殺風景だった。エアコン効き過ぎ。と思っていたら違った、手荷物検査抜けたら普通に賑やかだった。既に出発30分前。9時間も変な所で待っていた。どうりで人いないと思ったよこの野郎!台湾ーバンコクーアムステルダム、後の飛行機はひたすら食って寝る。

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