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2004年09月30日

9月30日

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実験装置を掃除する。リアクターにヒーターを巻き、実験装置っぽくなって来た。サリムもご機嫌な様子で『ティーケー』(彼の母国語でOK)と連発していた。しかしventilationのとこで再びもめて直していたらいつの間にかサリム消える。俺も消える。今日はサッポとヨハネスに会える最後の日でビールを飲む。パウリーナは6時くらいにスーパーに買い物に行って帰って来た後10分程で帰ると言う相変わらず訳の分からない行動をしていた。細く長く飲むという事をしないらしい。7時くらいに帰る。早。サッポとは口数の少ない人間同士気が合ったのでいなくなると寂しい。マットもいないし、IAEASTE関連で酒を飲む事はもう無いであろう。イサベラとキーンが帰ったらほぼ俺一人だ。寂しさを噛み締めながら日本が恋しくなる。

2004年09月29日

9月29日

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segregation試験をする。午後にする。segregationは問題ない様だ。空気用の穴あけにしくじり空気もれ疑惑が流れたがごまかす。レポートは書かないつもりだったが自分の為にも書いてみる。自己満足のレポートにはせず実験を引き継ぐ人にとって役立つレポートを作りたい。と思いながら書いていたら7時半になったのであわてて帰る。Papufaさんが日本語のキーボードをみして欲しいというのでピアノの鍵盤の写真を送ってあげる。夕ご飯は和風のパスタ。意外に美味しかった。12時くらいからケビンらと話す。この下宿で窃盗まがいの事件が多発しているらしい。気をつけよう。ローラに若く見えるといったら半切れされた。語学力に関わらず人の精神年齢が分かって来た、ような気がする。

2004年09月28日

9月28日

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今日はIAESTEの連中に寿司を振る舞う予定で昼に買い物し4時過ぎに米を炊きに帰り仕事は無視だった。明日segregationの試験が出来るよう準備はした。パウリーナの部屋番号が分からず10分程うろつく。皆を働かせて7時頃食事。寿司とみそ汁と揚げなすを振る舞う。寿司は前回の方が上手く出来たが皆寿司を巻く体験を出来たのでよしとする。というか皆味のバランス無視で具を入れまくっていた。んー。今日でマットとはお別れである。最後まで彼の英語は難解だった。まともな挨拶も出来ず別れる。ここでは出会いと別れが多すぎて感覚が麻痺する。またすぐに会えるような感じで別れているが実際は一生会えないかもしれないのだ。一期一会。

2004年09月27日

9月27日

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segrigationのテストをしていたらフィーダーの軸とギアの間に粒が詰まって停止。直す。フィーダーのチェックをしていたら7時。筋トレしに行く。どうも皆赤い冊子を持っているようでインストラクターも俺の事を不審がっているようなのでとんずらする。お金払った証明書を紛失した、やばい。8時くらいにpapufaさんと初めてチャットをする。一方的にきられへこむ。10時くらいに飯を食おうとしたら何やらパーティがあるらしい。またかよ。誰かの誕生日らしい。またかよ。こういう環境にいると中国人が同じ国の人間のように親しい感じを受けるから不思議だ。エドゥの彼女はフランス語と英語がほぼネィティブでスペイン語,カタロニア語も話せてMBAの勉強をしている才女だった。体格厳ついのでなめていたがやるなぁ。

2004年09月26日

9月26日

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ドイツに行く。昨日あった面々が駅にいた。その中に明らかに学生には見えないおじさんがいて不審に思ったが後に彼は通りすがりのジェントルマンである事が判明する。車内でラテン系の人間に囲まれ、キスを人前でしない事について詰問を受ける。ドイツに着いたが日曜で店は閉まっており、オランダと特に違いはなかった。教会ー美術館ーSUBWAYー植物園ー教会ー教会ー帰宅。ピンチェピンチェと連呼するスペイン人がそこにいた。キーンに日本語を教える。ビール下さい、ごめんなさい、ちんちん、まじで等。オランダ帰国後パウリーナの家で夕食を食べた後帰宅。ワサビを炒飯とかにつけて食ってみたら意外と美味しくヤンネ(多分)が異常に気に入っていた。MYワサビを買う気だ。別れ際にラテン風のキスをちゅっとする挨拶を迫ろうか迷ったがやめて普通に別れる。最近イサベラとキーンとかエドゥとその彼女がいちゃついているのを見るとあきが恋しくなりちょっと辛い。

2004年09月25日

9月25日

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謎に9時に目が覚める。11時くらいに買い物へ。寿司を作る材料を買う。帰ったらリビングの片付けをしていたので手伝い、寿司を作り始める。巻くのが難しいが意外とまともな巻き寿司が出来た。6時前に会場入りし日本に対する誤解を招きかねない侍の似顔絵を描き客を待っていると開始15分でなくなる。おいおい。5合炊いたのに。というか大きくきりすぎた。しょうがないので他の国のを食べてみる。スリナムのケーキが好評だった。キーンの熱意に負けて明日ドイツに行く事に。写真をとるのを忘れた。どんまい。

2004年09月24日

9月24日

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アコス最終日。コーヒータイムにケーキを振る舞う奮発ぶり。あまり実感がわかない。バーナーを設置する。ヒーターOFFの状態でリアクターのテストをする。最初は流量が足りなかったせいか下に溜まってしまったが、流量を実験条件と同じにしてみると問題は解消された。実際にはノズル全開で無理矢理流したという感じだ。別にいいんだが。来週は粒子のsegrigation testを行い断熱材を設置してヒーターのテストをし、ベンチレーションをクリスに作ってもらって実験が出来るかどうかという感じだろう。実質後3週間なのだが実験出来るのだろうか。皆レポートを書いているが俺は書く気にならない。レポートに書くような事はまだしていないからだ。レポート書く暇があったら仕事をしたいというのが本音だ。レポートは建前でしかない。仕事の後bastilleに集合、インターナショナルクイズに参加するも思ったよりしょぼく難しすぎた。その後ただでビールを飲む。Mattは水曜に、サッポは金曜に発つらしい。寂しい。Mattに日本に帰る前にベルファストによれと言われる。密かに気に入られていたらしい。いつの間にかとても仲良くなっていた。相変わらず会話にはたまについていけないが。まだ9時だったので町で飲もうという話になったが遠くてめんどくさいので断って帰るとそこでもまたパーリィが繰り広げられる。ルイの友達の熊谷PAPUFAさんに会う。正直可愛かった。今まで外人は何とも思わなかったが。途中日本人2人に拉致される。陰で別のパーティーが。タバコかマリファナか分からんが何かを微妙に吸ったがむせてやめる。日本人と英語で話す。おかしな話だが日本語で話す事の方に違和感を感じた。スペイン人とかはスペイン語で話したりしてるのに日本人同士だと違和感を感じるのは頭の切り替えがめんどくさいからであろう。再びパーリィに戻るとカナダ人がフランス女性にがっついていた。「やつは今夜やる気だ」とベルギーガイにささやかれる。その後スペイングループのダンスに参加するも上手く踊れず断念。カラオケなら自信があるのだが。しかしラテン系の人間は踊りが上手いというか男はとくにリードが上手い。アジア圏の人間には不可能な芸当だ。

2004年09月23日

9月23日

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最近寒い。雨が軽く降っていたのでサンダルで投稿したら足の指がすれた。午前中は一人でガス取り出し口を作り、三時くらいにサリムが来てエディと相談。バーナーとベンチレーションが必要で装置が上へ上へと伸びる。まぁ下に伸びるよりは縁起がいい。サリムと今後やる事を確認して帰宅。明日はアコスとの最後の日である。実感がわかない。何か実験が出来そうかと聞いたら謎に言い訳を始める。7月から8月までエディがいなかったから何も出来なかったらしい。彼がどこまで積極的に働こうとしたかは謎だが大なり小なり真実であろう。17時に皆と写真を撮るんだと言い張るが遅れるかもしれないといったら不機嫌になる。てゆうか18時にしてくれ。自転車もちゃんと貰えるかが気になる所だ。奴の事だから直前にやっぱり無理だと言い出しかねない。

2004年09月22日

9月22日

珍しく午前中にサリム登場。リアクターを組み立てる。組み立ては基本的にサリムに任せる。壊したらシャレにならんし。。。実験の材料はほぼそろった。今月末までに実験を始められるらしい、というか始めないとあかんらしい。望む所である。最近仕事時間がとても短く感じる。もっと働きたい。

2004年09月21日

9月21日

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午前中はフィーダーの掃除をする。昨日歯車がぶっ壊れたがクリスが直してくれる。クリスはとても頼りになる。午後にサリムがリアクターを持って登場。取りあえずほっとする。しかしリアクターの固定の仕方がまた変わる。それに伴い新しい方法を一人考える。ヘレンの夕食作りを手伝う約束をしていたので6時半頃帰る。何をしたらいいか聞いても適当な返事で、かなりテンパっていた。料理はあまり得意でないっぽい。ロビンとことあるごとに口論し軽く切れている様に見えたが気にしない事にする。リビングには何故かプレステ2が。チキンをコーラで煮ていた。どういう事だ。あまり美味しくなかった。ロビンのチャイニーズの方が好きだ。やる事が増えて来て嬉しい。日本に帰ってからもやる事が沢山ありそうだ。研究、MOT、IAESTE、追いコン、あきと旅行。。。バイトの余地無し。大学1、2回の暇だった時期にもっと色々やっときゃ良かった。

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2004年09月20日

9月20日

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8時半に無理矢理起きる。朝からヒーターの安全装置を作る。昼ご飯時にイサベラに日本食を振る舞う事を約束する。昼過ぎにサリムがやって来て装置を作り出したので横やりを入れたい気持ちを抑えて黒子に徹する。サリム帰宅後バイオマスがヒーターから飛び出すか実験してたらモーター動いてるのにバイオマスが供給されなくなる。リアクターに続いて今度はヒーターかよとうんざりする。むかついて分解するとオイルが固まってるのがいけないような疑念にかられるが誰もいないので質問も出来ず帰る。スーパー閉まる直前だったのでダッシュで向かう。

2004年09月19日

9月19日

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朝8時半に起床、10時に朝飯を食い10時半にホステルをでる。近くにあったでかい建物に行ってみたら植物園だった。遠くに別の建物が見えアコスが行きたいと言い出す。遠いし同じような建物は他にもあるからやめようと諭すも多数決で行く事になるが、半分くらいのところでアコス泣き言をこぼす。これだよ。大きい通りに出て相談。博覧会跡地に行きたいというアコス。トラムはタダで乗れるからトラムで行こうと言うアコスにそれは間違っていると反論し切符を買わせようとしたが今日は特別に交通機関がタダである事が判明する。でかい分子を見た後おもむろにトラムで引き返す。この辺りから俺が道を先導し始める。アコスもようやく俺の実力に気づいた様で素直に従い始める。ただ地図は自分が持っているのがベストだと言い続けていた。中心部を歩き、チョコレートを買う。アコスは何を買うにも遅い。安いチョコレートを買いたいと言っていたと思ったらゴディバはどこだと言い始める。言っている事がめちゃくちゃである。サッポは取りあえず歩くのが好きで道を引き返す事を極度に嫌う。ピッテと言うアコス曰くギリシャのファストフードを食べて帰宅。ローゼンタールで電車待ちの時に街に繰り出し、時間やばいよと言う俺の忠告を無視して一蹴する。リアルにやばくなって来たので俺だけ走って事態の深刻さを伝える。彼らもようやく理解し走る。お陰で間に合う。車内でアコスに日本語について説明する。難しい。説明するたびに自分は日本語を全く分かっていないなと思う。11時帰宅。寝る。

2004年09月18日

9月18日

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朝6時起床、ベルギーに向け出発。昼頃Antwopen着、うろつく。ユダヤ人の正装がとても素敵だった。夕方ブリュッセル着。ホステルを探す。アコスの持っている地図に従い歩こうとしたら道が分からないらしい。道を確認して歩き始めるもどこで曲がるか分かっていないのに適当に歩き始める。こらこら。アコスが行った場所に行ったが見当たらない。するともしかしたら間違えたかもしれないと言い出した。そして忙しかったからと言い訳を始める。誰も責めてねぇだろ。それらしき通りを見つけ、アコスは方向音痴ではないかと言う疑念にかられ始めたので先導しようとしたらアコス不機嫌になる。道が分かっていないのにリーダーシップをとろうとする。自分が持っている地図がベストだと言い張る。飽きれはじめる。なんとかたどり着くも見当たらない。アコス一人でどっかに行く。収穫ゼロで戻ってくる。ホテルで道を教えてもらう。よく見たら予約の紙に最寄りのトラム駅が載っていた。ショック。二時間かけてようやく見つける。俺がホテルで
聞いたからだと得意になるアコス。勝手にしてくれ。9時に寄るご飯を食べに行く。するとろくに地図も見ずにトラムに乗り出す。無賃乗車を繰り返す。案の定迷う。考えてみたらアコスはハンガリー出身、彼にとってトラム網は複雑すぎるのだと言う事実に気づく。あまりの無計画さにどうでも良くなり、何も言わずに観察してやろうかという気になる。らちがあかないのでハンバーガー食おうよと言ったらピザを食いたいというアコス。それはどこにあるんだと行ったら分からないと言う。は?全く意味が分からない。奴の言う事は一切信用出来ない事が判明した。予測でしかものを言わない。そしてその予測は何の根拠もない。出発から90分、何とか目的地にたどり着いて遅い夕食。俺の機嫌直る。帰り道、俺の先導をいやがっていたアコスだが、観念してちょっと素直になる。サッポは只歩くのが好きみたいだった。そして彼も無計画だった。俺も無計画に歩くのは好きな方だと思っていたのだが彼らの謎の行動力にただ驚いた。深夜京大出身の女性2人と話す。とよひさ君の友達だった。寝ようとしたら別の日本人に捕まる。喋り方から関東出身と察知する。関東に行かなくて良かったと思おう瞬間である。典型的な日本人トラベラーという感じだった。俺には会いそうになかったので適当に話して別れる。

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2004年09月17日

9月17日

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気合いを入れてちょっと早起きするも結局いつもと同じ時間に大学着。安全装置作りに励む。午後圧力降下の原因についてミュラーと議論する。ヒーターのパイプの変な出っ張りのせいでパイプがつなげずクリスがやって来る月曜に持ち越し。夜はイサベラに誘われフォンヂューを食べに行く。臭みが強かったが癖になりそうな味だった。その後談笑。オランダ人の英語は早い。発音よいねと言われた。二回目である。日本人がいかに英語が下手くそか、またそう認識されているかが良く分かる。嬉しいが恥ずかしい。俺の英語がうんこな事は俺が一番分かっている。明日の為に早く寝る。皆はパーリィに行った。ちょっと羨ましかった。

2004年09月16日

9月16日

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スーパーでトマト等買って外に出たらチャリがない。あれ?盗まれた?そうです、盗まれました。鍵をしなかった俺が悪い。誰に行っても同情されなかった。1週間後にアコスが乗ってる大学のチャリをゲット出来るのでそれまでの辛抱だ。サリムとエディと話す。昨日と話が変わっている。俺の実験は水泡と化したらしい。今だに言いたい事を言い切れないのがとても腹立たしい。圧力センサーの使い方が分からずミュラーに聞いたら丁寧に教えてくれ、エディに掛け合ったら俺が同じ事いっただろとなじられる。俺の英語力にみなあきれている様に感じる。サリムにも軽く馬鹿にされているような気がしてならない。このままでは帰れないなと強く思う。言いたい事をいわない事が一番良くない様だ。分からなかったらはっきり言おう。それが結果的に理解しあえる一番の近道である。どんなに処理速度が早くて複雑な計算をこなせても、映像がしょぼかったら誰もそれがプレステ2だと分からない。俺の場合処理速度も遅いような気もするが。兎に角俺の目標はサリムをギャフンといわせる事だ。明日Eisaに聞いて5字以降も実験室に入れるカードをゲットし、何かしらの結果を出すまで実験してやる。環境が整ったら。。。いつになったらリアクターは返ってくるのか。あれが戻ってこないとどこかしら後ろめたく立場的にちょっと辛い。

2004年09月15日

9月15日

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クリスに助けてもらいつつ昨日与えられた課題を終え昼食後、いつものように眠くなり寝ていたら「あいつ寝てるぜ」みたいな事をひそひそ言われていたので飛び起きる。何気なく実験室に行ってみてエディにどうだと見せると、ヒーターに安全装置が必要だといいだす。もっと早くに言ってくれれば良かったのに。その為の測定をこなす。6時過ぎにも何となくアコスに付き合い7時頃帰宅。ディアナに日本語を教えてあげる。代わりにポルトガル語を教わる。彼女のフルネームは長かった。サッカーを見て就寝。週末はアコスサッポとブリュッセルに行く事に。

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2004年09月14日

9月14日

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午前中は語彙力補強にいそしむもなんだか虚しくなり昼ご飯を皆と食べる気にもなれず昼食時に外出。夕方サリム登場、エディとトーク。彼は俺が暇なのを心配してくれているのかさぼっているのが気に入らないかは分からないが取りあえずやる事がない事を憂いてくれているようだ。仕事を与えられるも五時近くで職人クリスもいないので出来るとこをやって事務所に戻るとアコスがエクセルと格闘していた。彼は帰国まで後2週間をきっており今頃尻に火がついたらしい。データのまとめ方で議論をする。良く分からない所で詰まっていた。問題解決するも「今日は疲れた」といって帰る。火ついてねぇじゃん。

2004年09月13日

9月13日

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今日も何もないかと思いきやサリムとエディと話す。サリムついにエディにリアクター壊したのを白状。壊したのは俺なんやが。取りあえずパソコンのセットアップが出来たのをサリムに見せて後は語彙を増やす勉強にいそしむ。皆で食事会が無くなったのでまたパスタピッツァの毎日になりそうな予感である。思った通り食事会は最初飛ばし過ぎであった。あんな調子で3ヶ月滞在の俺はまだしも1年近く住む彼らは持たないのは自明であった。今度は幾分力を抜いて再開される事を望む。しかし日本で一番有名な物は寿司である。皆美味しいと口を揃える。チャンスがあれば作ってあげたい。

2004年09月12日

9月12日

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9時起床。パソコンで勉強なりメールなりした後2時から4時まで寝る。いい休日だ。アリにサッカーに誘われ行ってみたらみんなインドネシア人だった。チャイニーズも巻き込んで11対11でサッカー。しんどい。キーパー代わってもらおうと思ったらキーパーなしのミニサッカーに。ミニなのに9対9くらいで混雑する。謎にゴールデンゴールを決める。最近語彙力に限界を感じているので英語の勉強をする。覚えた言葉をすぐ実践出来る環境にあるので効率的だが、問題は覚えた語彙を活用するようなアカデミックなトークを交わす相手をどうやって見つけるかである。

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2004年09月11日

9月11日

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同時テロから3年が経った。もう3年か。早いなぁ。あの映像を見た時には戦争が起こる事を覚悟していた。日本ももはや部外者ではないと思った。もし自分が招集を受けたら自分は行くだろうと思った。イラク戦争には賛成であった。誰かがやらねばやらない事だと思っていた。憲法9条を変える事に対しても賛成であった。今の日本はどこかで戦争が起こっている事を見て見ぬ振りをしているだけであると思った。現実から目を背けて空蝉の平和をうたっているだけだと思った。それならば自己を守る事を通して平和とは何かという事を考えた方がよっぽどいいと思った。あれから3年。未だにテロは起こり続けている。しかも民間人に近い所で起こる様になった。イラク戦争が正しかったのか間違っていたのかは分からない。たらればの話をしても何の意味も無い。ただあのとき自分が考えた事に対して疑問を持つ様になった。俺が正しいと思っていた戦争によって世界が平和になったかというとそんな事は決してない。色んな所で軍人だけでなく民間人が亡くなっている。結局力によってねじ伏せるようなやり方はどこかに歪みを残す。どんなやり方でも何かしらの歪みは残るのだろうが。ただ人の命は戻ってこない。自分の近しい人間を殺された悲しみは何を以てしても癒える事はない。悲しいが戦争がこの世から無くなる事は無いだろうと思う。それは歴史が物語っている。人間が2人いたら喧嘩が起こるのに、60億人もいる地球で争いが起こらない訳がない。ただ戦争による解決が一番良いのだろうか。世の中には話し手も分かりあえない相手がいるというのは事実だろう。そして暴力のない世界が平和かといえばそうでもないだろう。(子供を殴る親が減って来たのは今の世の中の一つの原因であると思う)。軍隊は必要な存在である。それは動物が身を守る術を持っているのと同じだ。今の日本も軍隊を持っている。憲法では戦力を持たないと言っている。でも今は解釈の問題で違反していないという事になっている。でも解釈の仕方によっては憲法違反である。それならば憲法を変えようよというのが憲法改正であると思う。以前は賛成であった。あまりにも曖昧であると思ったからだ。でも今は、嘘でもいいから戦争放棄という言葉を掲げていて欲しいと思う。これは甘い考えかもしれないが。軍隊とか警察という力がなければ人間は野蛮な生き物になるであろう。だから軍隊は必要だ。しかし例えそれが不可能でも、戦争放棄という言葉を掲げる事で戦争の抑止力になるのではないかと思う。書きながら考えがまとまらなくなって来た。政治家というのはこういう裏のある事実をもっともらしく公表しなければならないのだ。なんと大変な仕事であろうか。もう少し考えを纏めよう。取りあえず今の時点では憲法改正は反対である。
今日は朝からユトレヒトに行く。SMIT企画で25人くらいで行く。皆にただついて行っただけなので旅行という感じは全くなかったが、色々な話が出来て楽しかった。昼食が遅すぎてしかもどこで食うかグダグダになったのでかなりいらついた。グダグダは世界共通であった。昼食後も個人行動が出来なかったので皆を撒いて一人でうろついたりもした。10時前に帰宅。日本人と同じ事をするのは確実に勘弁だが、外国人と色々文化の話しとかしながらうろつくのは中々楽しい。ただ旅行ではない、散歩だ。

2004年09月10日

9月10日

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今日は一切実験をしなかった。自分のミスとはいえ何もしないのは後ろめたく、論文も読んでみるがいまいちピンと来ない。来週に期待。筋トレをして飯を適当に食う。皆での食事は一時中断らしい。再開するのかも分からん。リビングで皆と談笑。FRIENDSというアメリカのテレビを見る。早口すぎて全く分からなかったが皆理解しているようで笑っていた。これが現実。溝は思っていたよりでかかった。TOEIC何点とかいうレベルではない。彼らはどうやって英語を学んだのであろうか。日本の教育が間違っているのか、日本語圏であるが故の性か、分からないが取りあえず努力が足りないのは確かである。

2004年09月09日

9月9日

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ねぇちゃんの誕生日である。日本時間早朝にメールを送る。考えてみるとネェちゃんは留学経験があるし働いているし、あまり意識した事は無かったが人生の先輩なんだなーという気がした。実感は湧かないが。ねぇちゃんは留学経験を仕事にいかせていない事がコンプレックスだと言っていた。しかし人生の経験を直接生かせる事なんてそう無いであろう。だからと言って留学が無駄であった事は決して無く、回り回って何かしらで生きているはずである。多分そういう気づかない所の方が大切なんだろうと思う。しかし成果が形で現れるというのは自分を鼓舞する上で大事で、そういう意味で未だに訳の分からない英語をしゃべる自分が情けない。今日はパソコンのセッティングをし、6時からバーベキューをした。イサベラの彼氏のキ-ンは実は面白い奴だった。他の人物とも仲良くなれた。言葉というのは大事だが、話し手に伝えようという思いがあり、聞き手に聞いてあげようという思いがあれば、ある程度の語学力があれば意思の疎通は出来る。大事なのは伝えようとする事をあきらめない事と、相手を聞いてあげようという気にさせる事だ。後はある程度の文型とボキャブラリーがあればよい。しかし自分のしゃべる英語が、外人が喋る日本語のように聞こえているんだろうなーと思うとちょっとへこむが、伝える事を諦めてはいけない。

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2004年09月08日

9月8日

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パソコンのセッティングをしてみる。キーボードの規格が合わんのでミュラーに聞いたら早口で答えられ理解に困る。文献をひとしきり調べ帰宅。筋トレに行こうとしたらビーチバレーに誘われる。最初はつまらなかったがカナダ人と謎の中国人っぽい人が上手くて中々面白かった。ビーチバレー後カナダ人に話しかけられるも理解に困る。最近思うのだが俺が今早口だと思っている早さがネイティブの自然な早さではないか。だとしたらそれが聞き取れる様にならねばなるまい。無意識か意識的かは分からんが早口の人間を避けてしまいがちなので積極的に話してみよう。夜にパーリィ開催。黒か白の服しか来たらあかんらしい。上着はあったがズボンが無かったので白いタオルを巻いて見たらパトリシアに誉められた。ディアナとのツーショットをとってアコスらに自慢したろうと思ったが未遂に終わる。ここでもやはり早口軍団は避けてしまった。少しずつね,少しずつ。しかしカナダ帰りのケルビンはかなり早いので少し勉強になる。考えてみたら今まで日本で聞いていた英語はいわばプロの英語で、普通の人が話す英語はそれぞれ癖もあるし聞き取りにくい。そういうのに慣れないとコミュニケーションは難しい。日々精進。

2004年09月07日

9月7日

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朝からリアクターの設置にいそしむ。なんかヒーターとの接続が上手く行かんなーと思いフランジの締め付けを強めてたら「パキ」まさか。。。リアクターのフランジ部分破損。やばい。やり過ごす方法を考えるも思いつく訳も無くサリムに報告。Shitを連発されるも「心配するな」と優しい言葉をかけてくれる。優しいのかそうでないのかわからん。工場に行って修理を頼む。ここでサリムがオランダ語を話す事が判明。しかし修理は来週以降になるらしい。へこむ。ミスった事を悔やんでいてはダメだ、ミスした後どう対処するかが大事だと思いながらも1時間程へこむ。その後何故か気楽になり取りあえずできる事をする。インターンで1週間足止めを食らう事はかなり辛い。そして休みの計画をますます言い出しにくくなってしまった。まぁ仕方ない。本当の仕事でなくてよかったと思う。俺は行動力はあると思うが計画性が無い。そしてものの扱いが粗い。もっと慎重さを身につけねばならない。この失敗をどう生かすかが真価の問われる所である。取りあえず5時に帰宅して買い物をし、料理を作る。肉じゃが、揚げなす、ご飯、ハチトーである。アリとロビンが手伝ってくれた。20人分は中々大変である。二人とも肝心な所でいなかったりして何というか気の利かない奴らである。個人主義な代わりに自分が何ができるかという事をあまり考えない様だ。常に指示を求める。リーダーシップの問われる所だ。しかし俺は人を使う前に自分でやってしまう。めんどくさいのもあるが自分でやらないと気が済まない性格のせいでもある。取りあえず何とか完成し稜もギリで足りる。ハチトーは少なかったがアイスの稜でカバーする。意外と皆さん気に入ってくれたようでほっとした。

2004年09月06日

9月6日

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風邪はもう治りそうだ。サリムからメールが来ており今日こっちに来ると行っていたが来ないだろうと予想し買い物に出かける。晩ご飯を作らないといけないのだ。しかしオープンマーケットはやってなかった。鉄の棒が転がっていた。いくらやねん!アジアンスーパーマーケットに行ったら普通にみりんとか売っていた。ショック!なすが異常に高かった。帰って食材を台所に置いていたら今日はステラが作るとディアナが言った。誕生日だかららしい。良く分からんが明日作る事に。学校に戻ったらサリムが探していたと言われる。しまった。慌てて電話する。1時間後サリム登場。ひとしきり話した後去って行った。どうも俺といるのは好きではない様だ。6時過ぎまでリアクターの位置決めをしていたらドアが締まって開かない。誰かが出るのに便乗して回転扉を通ろうとしたら途中で止まり両方の出口を塞がれる。おいおい。何とか脱出。警備のおじさんに「6時になったら締まるんだよこの野郎」と怒られる。カードが欲しい。帰ってルイらとサッカーをする。劇疲れる。ルイを一度も抜けなかった。しかしあのグランドで3対3はきつい。

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2004年09月05日

9月5日

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起きたら鼻が詰まりまくっている。治っている証拠ではある。国立博物館、ハイネケンにいく。ハイネケンでグラスをお土産に買おうか迷っていたら帰りがけに只でくれた。蝋人形の館に行こうとしたら入場料23ユーロで諦めショッピングセンターで買い物をして何も買わずに終わる。疲れてホテルに戻り、6時前にインドネシア料理を食べに行く。この2日で俺はやはり団体行動が苦手である事が分かった。別れる時も特に寂しさは感じなかった。それは1ヶ月したら会えるからだ。オランダで会った人というのは大半がもう一生会う事は無い人だろう。そして俺はオランダを好きになってきている様だ。そして皆と仲良くなって来ている。帰りに電車がちょっとトラブったのだが、早くエンスヘーデに帰りてぇなぁと思った。ここを離れる時はすげぇ寂しいだろうなーと思う。というよりむしろ泣く程寂しい位の6週間を送りたい。

2004年09月04日

9月4日

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風邪気味の体でアムステルダムに向かう。のどはましになったから大丈夫だろう。11時くらいに着いて日本のスーパーに行こうとしたら全く場所が分からず、地図を買っても場所が分からず断念する。取り合えずセックス博物館に行ってみる。思った程ではなかった。無修正映像がガンガン流れていたが病気がちの俺にはお門違いであった。でかすぎるチンコのオブジェとか写真を撮った。現像してくれるだろうか。飾り窓を探しながらうろつく。彼女は川沿いに突然現れた。下着姿で微笑みかける。日本の風俗の様な後ろめたさは感じられない。何か知らんけど彼女らに力強さを感じた。しかし駅に向かうにつれ年齢層と体重が徐々に増加して行ったのには困った。2時くらいに駅で待つも一向に現れない。ホテルまで歩いてみる。ホテルにもいない。その内来るだろうとソファで待っていたが来ない。さすがに心配になり親父に電話する。電車が遅れているらしい。チェックインして待つ。登場。もう6時。飯食って寝る。

2004年09月03日

9月3日

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朝起きたら喉が痛い。昨日から少し痛かったのでそんな気はしていたが風邪を引いたようだ。そういえばうがいもろくにしていなかった。6月にヘルペスに見舞われてから健康の大切さを嫌という程味わったのにもう忘れている。人間てぇのは因果な生き物ですな。取りあえずサリムが現れない事をいい事にさぼる。帰ろうかと思ったがサリムにばれたらやばいので一応5時までいる。結局現れなかったが。帰って寝ようとするが寝れず無駄なネットサーフィンをする。夕食中アリの論文がNatureに載ったという知らせを受ける。筆頭ではなかったがNatureといえば誰もが認める一流雑誌である。すごい事だ。ちょっと読んでみたが良く分からない。さすがNature。暇があったらアリに色々聞いてみたい。取りあえず明日は朝からアムステルダムに行かねばならない。今日中に回復することを願う。

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2004年09月02日

9月2日

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サリム友達と登場。リアクターを持ってきた。いよいよ組み立てかと思ったら一人でやるな、明日俺と一緒にやるぞと言われる。はっはーん、来週やな。取りあえずパイプをつなげる。後はいつも通り。サリムに粒子速度について聞いてみたがそれは計算済みだと一蹴される。どうやって決めたのか教えて欲しいと言ったらリンクを転送すると言われたが音沙汰なし。はっはーん、来週やな。帰り際イサベラがどこへ行くかと思ったらBastilleに飯を食いに行くといい、誘われたが家で食べるよと言って断る。が、暇なので戻って探してみるも見つからず、図書館でFinancial Timesを読みながら寝る。夕食はジェシカが作った。美味しかった。最近気になるのは良く働く人間とそうでない人間がいる事だ。特にフィンランド3人野郎は全くと言っていい程働かない。俺が洗い物をしていたが誰も手伝いにこず、テレビを見ている野郎どもに手伝ってと言っても反応がなく、切れ気味に台所に戻ったらケビンとエドゥが手伝ってくれた。どうも皆協調性が無い。あんまりひどかったらちゃんと当番を決めてやろうかと思う。しかしいい加減人数は限界である。

2004年09月01日

9月1日

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11時くらいにサリムに電話すると実はこっそり実験装置を持ってきている事が判明。配置を考えといてといわれる。何て抽象的な課題だ。実験装置も取りあえず持ってきたという感じだ。この感じで行くとまともなデータを取るのはあきらめた方がいいかもしれない。ミュラーとマルクスにこの装置は何だと一緒に考えるが分からずじまい。今日も消化不良のまま研究室を後にする。家に帰って粒子の流れの計算をする。チューブは細い方がいい。色々考えると実験装置が整ってから実際にデータを取るまでに多分2、3週間かかるだろう。そして実験装置が完成するのに後2週間はかかるだろう。。。って、研修終わるやん!
夜御飯の準備、片付け係の頻度に差が出てきた。やる人とやらない人がいる。ちゃんと日にちを決めた方がいいかもしれない。

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