2009年07月06日
弔辞 for 自分
2年くらい前に、ふとしたきっかけで、自分向けの弔辞を書いた。
僕が死んだら、これを読んでください。
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親愛なる可知くんへ。勤めた会社を半年で辞め、その4ヶ月後にはアラブの富豪に飛び込み営業をするような生活をしていた貴方だから、普通の死に方はしないだろうという気はしていました。しかし今回、貴方の急逝を聞いて、悲しいやら誇らしいやら、そんな複雑な気持ちで一杯です。ヒルトン大阪のスイートルームで、白のガウンを真っ赤な血で染めながら、ワイングラスを片手に抱き、永遠の眠りについた可知くん。そんな貴方を暗殺したのが、気鋭の若手スナイパー、イズラモ・カラフコビッチさんでした。彼は世界有数のスナイパー養成機関であるロシア狙撃アカデミーを首席で卒業し、その優秀さから10年に一度の逸材と呼ばれました。上司からの信頼も厚く、次世代のスナイパー業界を担う人材として当時から将来を嘱望されたといいます。そんな期待にもおごることなく、着実に暗殺実績を積み上げてきたカラフコビッチさん。昨年度にはついに年間最多暗殺の世界記録を更新し、「スナイパー・オブ・ザ・イヤー」に輝かれました。名実共に世界一流のスナイパーとしての地位を確立しても、寒風吹きすさぶシベリアの地で日々過酷な訓練を黙々とこなす姿は、多くの後輩の模範となりました。私生活においても、町内会のイベントには欠かさず参加するなど、絶大な人柄でございました。可知くん、君が暗殺されたのは月の見えない闇夜だったそうですね。彼はそんな悪条件にも関わらず、300メートルという超長距離から、貴方のこめかみを寸分違わず正確に狙撃しました。そして狙撃後は、軽やかな身のこなしで逃走し、警察もお手上げでした。まさに芸術と呼んでいいほどの、見事な暗殺でございました。そのような一流のスナイパー、カラフコビッチさんに暗殺された、可知くん。貴方のそのガウン姿は、ワインと硝煙の入り交じった香りとともに、いつまでも私たちの心の中で生き続けることでしょう。どうぞ安らかにお休みください。
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- at 23:46