2月10日の0時くらいに女の子が産まれた。
僕は妻の出産に立ち会った。
8日に陣痛が始まり、
病院を行ったり来たりした後、
9日の未明に入院した。
その後は陣痛が進まず、
昼くらいまで妻は普通に歩いたりしていた。
というか陣痛を早めるためにむしろ積極的に
病院を歩き回ったりスクワットをしていた。
19時くらいになり、
お腹が痛そうな表情をする時間が増えてきたが、
助産師さんいわく初産なのでもう少しかかりそうですね
とのことだったので、いったん妻の実家に帰って
ご飯を食べ、お風呂に入り、仮眠を取ろうとしたところ、
病院から電話があり、
予想外に陣痛が進行してるので、
早く来てくださいとのことだった。
僕はビデオを持って車に乗り、
一昨日から既に4往復している近大病院に向かった。
病院に着くと、妻は露骨にしんどそうであった。
3分に1回くらい強い陣痛が来るらしく、
その度に腰をひたすらさすってあげた。
出産時の呼吸法で最も有名なのは
ヒッヒッフー でおなじみのラマーズ法であるが、
近年はこれに変わる新たな呼吸法として、
「ソフロロジー」というものがあるらしい。
ラマーズ法が、陣痛の痛みを忘れるための呼吸法であるのに対し、
ソフロロジーは、陣痛を幸せな痛みと捉え、
たたひたすらに息を深く吐いて力を抜くという、
テクニックというよりほぼ自己啓発なのだが、
いつの間にか妻はこの手法を習得しており、
表情は辛そうながらも非常に深く息を吐いていた。
僕はそんな妻の苦痛を少しでも和らげるべく、
相変わらず腰をさすりながら、
妻の深呼吸と同じタイミングで息を吸ったり吐いたりすることで、
夫との一体感を体感してもらえるよう努力した。
日付が10日に変わり、
さすがにソフロロジーだけではどうしようもないくらいに
妻の息づかいが荒くなってきた頃、
「そろそろ子宮口が全開ですので、分娩室に移動しましょう」
と助産師さんが言った。
分娩室は思ったよりも普通の部屋で、
ドラマでよく見る分娩台の他は特に目新しい設備などもない。
設備どころか、人もおらず、
さっきからお世話になっている助産師さんが
準備のため部屋を行ったり来たりしていた。
どういう理由かは知らないが、
医師は病院内にいないらしく、
助産師さん一人だけで本格的な出産に入った。
すったもんだの末、
もうすぐ産まれそう、というときに、
ようやく医師到着。ヒーローは遅れて現れる。
医師は遅刻の後ろめたさを
微塵も感じさせない堂々たる歩みで
分娩台の前に立つと、ちょっとした処置をして、
そしたらすぐにオギャーオギャーという声が聞こえ、
「あー 女の子が産まれましたよー」と助産師さんの声。
ああ、産まれたんだな、と思った瞬間、
目の前が暗くなり、立っていられなくなった。
貧血をおこした。
ちなみに、貧血を起こしたというと、
いわゆる赤ちゃんが出てくる場面を
見ていたためだと思われがちだが、
僕は妻の頭の方に立っていたので全く見ていない。
頭の向こうで、ちょっとした出血が
チラチラ見えていたくらいである。
立ち会い前、「旦那さん、血とか見ても大丈夫ですか」
と助産師さんに聞かれた際、
医療工学の研究を行っている僕としては、
いや無理ですと答えるわけにもいかず、
大丈夫ですと断言してみたが、全然だめだった。
赤ちゃんをまじまじと見たのは、
後産が終わってしばらくしてからのことである。
僕は子供の名前を、
赤ちゃんを見た瞬間のインスピレーションで
決めるつもりでおり、
自分自身、どんなインスピレーションが飛び出すのかが
やや楽しみでもあった。
しかしながら、赤ちゃんを見た瞬間、
「ほー これが赤ちゃんか」という思い以外に
全く何のインスピレーションも湧かず、
自分の想像力の無さに愕然としながら、
現在一生懸命辞書を引いている。
とにかく僕は妻を心の底から尊敬した。