2010年02月07日
演奏会で三味線を弾いた
僕は長唄三味線を習っているのだが、
先日、「お引初め」があり、参加してきた。
これは、日々修行に明け暮れる弟子たちが
日頃の成果を発表し合う演奏会である。
とはいえ、普通のお弟子さんならまだしも、
僕のような習いたてのビギナー弟子の場合、
演奏としての体裁が整わないリスクがあるので、
プロの演奏家が一緒に三味線を演奏をしてくれるという
かなり豪華な演奏会である。
さらに、三味線だけでなく、
長唄と囃子のプロも参加してくれる、
弟子にとっては非常にレアな機会である。
例えていうなら、
聖飢魔IIの演奏のもと、デーモン閣下と一緒に
「蝋人形の館」を歌うような感じの豪華さであり、
EXILEのライブに参加したオカザイルこと
岡村隆史の心境にかなり近いものがあるだろう。

聖飢魔II のコピーバンド金閣寺II
また、演奏の際、
プロの先生が「後見人」として
演奏者の後ろに黒子のごとく控えており、
間違えそうになると後ろからこっそり
「次は3の弦」などとナビゲーションをしてくれるいう
夢のサポートが充実している。
そうはいっても、
というかだからこそ下手な凡ミスは許されない状況であり、
それなりのプレッシャーを感じた僕は日夜、
腱鞘炎一歩手前のところまで練習を繰り返した結果、
無精髭も剃らず髪の毛も伸び放題という
かなりふざけた面構えで当日を迎えた。
発表会用の着物は事前に手配していたが、
普段着物どころかまともな洋服すら着ていない僕が
着付けをできるはずも無く、着物を紙袋に入れたまま
会場である先斗町歌舞練場に向かった。

会場
開演1時間前に歌舞練場に向かうと、
直前のリハーサルに励むお弟子さんの指導をしつつ、
関係者に挨拶をしてまわるお師匠さんの姿があった。
その立ち振る舞いは誰がどう見ても忙しそうであり、
紙袋片手に70年代風のジーパン姿で現れた
新入りの弟子の着付けを行う余裕は
身体的にも精神的にもあるはずもなかったが、
かといって放っておく訳にもいかず、
結局演奏の手伝いにこられていた別の先生に
着付けをしてもらうことになった。
先生もまさかこんなファキンジャップの着付けを
手伝うはめになろうとは夢にも思わなかったであろう。
先生は僕の無精髭等には特に文句もいわれなかったが、
僕が普段眼鏡に付けている、首にかける用のストラップを指差し、
「まあ別にいいんだけど、取った方がいいね」
と指摘されたため、即座に取った。
僕の出番は開演から1時間半ほどであり、
着替えも終わった僕は特にすることも無かったのだが、
他の人の演奏をゆっくり楽しむ余裕もなく、
時折トイレに行く振りをしては、
度重なる修行の末に身につけた
「エア三味線練習法」によって最後の調整を行った。
ちなみにエア三味線とは、
頭の中に三味線を思い浮かべ、
その三味線を弾くことであたかも現実に
三味線を弾いているがごとく体験できる練習法であり、
簡単にいうとただのイメージトレーニングである。
いよいよ次が僕の出番というころになり、
先生方がいる控え室に入ってみると、
そこには出番を前にウォークマンで集中力を高める弟子や、
虚空の一点を見つめたまま微動だにしない先生で
ごった返しており、かなり異様な緊張感に包まれていた。
こういう緊張感は、幼稚園のときのお遊戯会か
大学受験の時以来である。
僕は心を鎮めつつも、
長過ぎる前髪が前に垂れてくるのが気になり、
必死に前髪を七三分けにするべくセットを行ったが、
結果的には演奏開始20秒で前髪が全て落ち、
往年の大木凡人のような形相で演奏を行うこととなった。

往年の大木凡人
前の演奏が終わり、いよいよ出番になった。
出演者、おもむろにひな壇に立ち、一同正座。
隣の先生のかけ声で演奏がはじまった。
僕は上段センターという
逃げ場の無いポジションにて三味線を弾いた。

演奏の様子

がんばれ、大木凡人
結果的に、3回ほど後見人の先生にお世話になったが、
致命的なミスは無く演奏を終えた。
緊張から解き放たれ、
朗らかな爽快感と軽い高揚感を感じていた僕は、
この気持ちの昂りを誰かと共有したいと思い、
控え室に戻った後に先生方に
「お疲れさまでした!」と挨拶をしてみたが、
先生にとってはごく普通の演奏で、
たまたま演奏者に大木凡人みたいな奴が混じっていただけのことであり、
「結構でした、ご苦労様でした」とニッコリ挨拶した後は、
近年における猫カフェのクオリティの高さについて
熱心に議論をされていたのであった。
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- at 23:09