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2010年05月31日

自由すぎる教授とのイタリア滞在日記(3)

さすがに昨日は疲れていたのか、7時ごろに起床。先生がコンロの前で何かしていたので、お湯を湧かしているのかと思ったら昨日パックしてもらった食事の残りを火にかけていた。先生、それはちょっとやばいっすよ。え、底がアルミだし、大丈夫なんじゃないの。でも先生、あそこに電子レンジがありますから、皿に移して温めましょう。あ、ほんとだ、じゃあそうしよう。


下に降りるとアンドレアさんがいて、もうすぐピライノさんが来るから大学まで車に乗せてもらったらと提案してくれた。先生は歩いて待っている間アンドレアさんが紅茶を入れてくれた。先生はコーヒーが苦手で紅茶を飲んでいたのをずっと覚えていたのだそうだ。


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朝の紅茶を楽しむ先生達

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なぜかドラゴンボール


アンドレアさんの家には絵がたくさん飾ってある。その中の半分くらいはアンドレアさんが描いたものだ。先生はアンドレアさんの絵の中で昆虫や動物を描いたものが好きらしいのだが、僕は崖の上に家が並んでいる絵が好きだった。


ピライノ教授の車で大学に行き、ボエロ教授のところに行く。昨日のピライノ教授に引き続き、今日はボエロ教授のインタビューを撮影する。ボエロ教授のリクエストでオリーブに囲まれた怪しげな石段のところでインタビューを開始するも、3分程撮影していたら電池のバッテリーが底をついてきた。昨日ピライノ教授のインタビューを撮影してから充電するのを忘れていた。


やばいと思いながらも、ボエロ教授があまりにもノリノリで話しているので止めるに止められず、6分程経過したところで電池が切れた。これはやばい。急遽パソコンを取り出し内蔵カメラで撮影することにするが、慌てて操作を間違ったりしてうまくいかない。そうこうしているうちにボエロ教授の話が一段落し、おいお前ちゃんと撮影できてるのかと聞かれた。はいちゃんと撮影できてますよとごまかしたが、でもお前カメラの前に立ってたじゃねえかこの野郎と言われてすぐにばれた。音声は別マイクで保存できているので、切れている部分は画像を挿入してごまかすことにした。その後はパソコンで問題なく撮影でき、ボエロ教授の機嫌も収まった。危ない危ない。


インタビュー終了後、南端の海岸に行くことになった。9月に開催される学会の会場とホテルがあるらしく、先生が下見をしたいそうだ。クロアチアから来たイヴォナという女の子が車で連れて行ってくれるらしい。他に初日に来たジャコブ君とジョルジュ君がついてきてくれた。


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イヴォナ

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ジャコブ(右)とジョルジュ(左)に囲まれ上機嫌のイヴォナ女史


ジョルジュ君は西武警察ばりのグラサンを付けており見た目ちょっと怖いのだが、話をしているうちにどうやら彼がシチリア島出身だということが判明する。ジョルジュ君だけでなくジャコブ君もシチリア島出身らしい。僕は後部座席で彼ら2人に挟まれた格好で座っていたのだが、以後姿勢を正して礼儀正しくすることにした。


30分程すると海が見えてきて、イヴォナが車を止めてここが学会会場ですと言った。車を降りて近づいてみたらそこは小さな博物館だった。海の生物の化石や標本が置いてある近くに、椅子が並んだ小さな部屋があった。ここでメインの発表やらが行われるらしい。先生、めっちゃ狭いですけど大丈夫っすか。あー、参加者は40人くらいだから充分充分。しばらく見学していたらスタッフらしき兄ちゃんが先生に近づいてきて、博物館について色々説明した後、博物館の紹介ビデオを見せてもらった。ビデオには色んな海の生き物が次々に出てきて、先生はその都度生き物の名前を教えてくれた。


ホテルへはスタッフの人が車で案内してくれることになった。ところが先生は歩いて5分くらいの場所にあるから歩きましょうと主張し、結局みんなで歩くことになった。海岸に出て、スタッフの人がホテルはあそこです、というと、先生が、あれ、あんなに遠いの、だいぶ歩かなあかんなあと言って皆のひんしゅくを買っていた。


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海辺で黄昏れるおじさん

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海辺で働くおじさん

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海辺で打ち合わせをするマフィアじみた学生達


ホテルにはぴっちりした黒シャツを着たマスターらしきおじさんがおり、部屋を案内してくれた。学会期間中、午後は自由時間で各自海で生物を採取したり実験したりできるらしく、先生はしきりにシーサイドの部屋にしてくれとおじさんに主張していたが、おじさんはその都度ここは海に面したホテルだから全部屋シーサイドだと説明していた。


先生の英語は文法的にやや問題があり、一見何を話しているのか良く分からないのだが、相手にはきちんと伝わっている。それは先生の言葉には熱がこもっており、何かを伝えたいということがよく伝わるので、相手が内容を理解しようと傾聴し、想像してくれるからだと思う。


ホテルから出ると、イヴォナが心なしかイライラしている。どうやら早く大学に帰りたいようだ。先生はそんなことは全く気にせず近くのジェラート屋に連れて行ってくれた。今まで先生におごってもらっているのでここは僕がクレジットカードで払いますと言ったが、結局先生が皆におごってくれた。美味しい美味しいといいつつも、みんなイヴォナが気になって若干早めに平らげる。さあ出発しようかと立ち上がった瞬間にトラックが前を通り過ぎた。果物売りのトラックで、先生は見た瞬間にこれは買わねばなるまいと走り出す。先生はチェリーを1袋買うことにして、お金を払おうとしたら高田純次似のジェラート屋店長が俺のおごりだといってチェリーを渡してくれた。先生はいたく感激し、店長に名刺を渡していたが店長は電話中で若干対応に困っていた。


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電話中の店長に名刺を渡す先生


車に乗るとイヴォナのイライラは頂点に達し、遠回しではあるが露骨に早く帰らないと行けないんだけどと言い出した。遠くから友達が来ており、今日しか会えないのだそうだ。先生はお土産を買う為にどうしてもスーパーに行きたいらしい。先生は明日帰国するのでこの主張は譲れないらしい。先生はイヴォナにすまんねすまんねと言いつつ、逃げ水現象とその日本語の由来をイヴォナに教えたりしていた。結局大学近くのスーパーに寄り、お土産の紅茶パックを明日の朝食を速攻で買って大学に戻った。先生は無事お土産が買えて大変満足げだったが、よく見ると買った紅茶パックのうち1つにはメイドインスリランカと書いてあった。


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スーパーの攻略計画を検討する銀行強盗らしき男


大学に戻ると、先生がビデオを見ようと言い出した。10年前に撮影した実験ビデオがあるらしい。実験室のビデオデッキで見始めると、クラゲの顕微鏡映像がひたすら続いていた。先生は最初、いやーこれは懐かしい、白浜で穫ったベニクラゲですよなどとはしゃいでいたが、数分後に早送りで見ましょうかといい、最終的に寝ていた。合計15時間のビデオを10倍速で見たために90分で見終わった。


時計は17時を回っており、いったんアンドレアさんの家に戻って休むことにした。先生の凱旋を祝し、今日はアンドレアさんの家にみんなが集まってパーティーが開催されるのだ。先生は相当眠いらしく珍しく無言で歩いていたが、大学の駐車場に桑の木を発見し、近づいて実を食べたところものすごく美味しかったらしく、いやーこれはホントにすごい、白浜にも桑の木があるけどこんなに甘いのは見たことがない、熟してない赤い実でもすごく甘いよ、やっぱり太陽が良く当るからだねえ、太陽さん美味しい果物をどうもありがとうなどと話しながら実を食べまくっていた。ようやくほとぼりが冷めたようでさあ行きましょうかと歩き出し、いやー美味しかったですねえといいながら別の桑の木に近づき、再び実を食べ始めた。これをあと2回繰り返し、合計100粒以上の桑の実を平らげて先生はとても満足げだった。


家に帰るとすぐに寝た。8時半ごろにノックの音がして、開けると見知らぬ女の子が立っていた。ボエロ教授の娘でガイラという子らしい。10年前は6歳だったガイラに先生は驚愕していた。ガイラに連れられて下に降りるとそこにはピライノ教授をはじめ10人くらいの人が集まっていた。昨日会ったピライノ教授の彼女と息子も来ていた。先生はお土産として梅干しを持ってきていたが僕は何も持っておらず、しょうがないのでおやつとして持ってきた「きのこの山」の小さい袋入りを集まっていた子供にあげてみたところ割と好評だった。



暗くて良く分からんけどパーティーの様子


ボエノ教授は陽気で、カケコキク、コケクキカとしきりに繰り返している。先生がサシスセソとかナニヌネノとかいくつか教えてあげると、ザジズゼゾとかパピプペポなどと勝手に他の子音の行を言い始めた。教授、それはまだ先生が教えてないですよというと、自分で発明したんだと言った。すげえな教授。


アンドレアさんが作ってくれたパスタはとても美味しかった。申し訳ないが昨日ピライノ教授に連れて行ってもらったレストランよりもよっぽど美味しい。作り方を聞いてみたら、詳しくは分からなかったが具材や調味料を入れる順番が複雑で、下味をしっかり付けているようだった。パスタの後、サラダとチーズとフルーツとジェラートとアンドレアさん手作りのケーキを食べてお腹がいっぱいになった。冷えてきたので2階に上着を取りに行き、座って体を温めていたら、下から何やら音楽が聞こえてきた。よく聞くとどうも日本語で、どうやら先生が持ってきたカラオケDVDが上映されているようだ。これは見なければと急いで下に降りてみたところ、DVDを見ていたのは眠そうなボエロ教授だけだった。22時を過ぎたころに皆が家に帰りだし、僕らも寝た。



半寝のボエロ教授に歌詞の説明をする先生

2010年05月29日

自由すぎる教授とのイタリア滞在日記(2)

時差ぼけもあってか朝5時ごろ起床。先生も早々に起きて論文の校正をしていた。昨日の残りを朝食として食べる。キッチンに粉末コーヒーのようなものがあり、先生が飲もうと言ってプラスチックのコップを持ってきた。エミレーツ航空でもらったものを拝借したらしい。いやーこのコップ、座りがいいもんだからつい持ってきちゃったよといいながらコーヒーの粉をカップの1/3くらい入れる。先生、それ入れ過ぎじゃないっすか。いやこんなもんでしょ。お湯を注ぎ、口に運んで0.5秒で先生の顔が曇る。なんだこれ、ドロドロじゃないか、どうなってるんだよ。先生、それは多分入れ過ぎなんですよ。えー、僕これ好きじゃないからあげるよ。半分もらってお湯を足し、飲んでみたら結構美味しかった。


準備をして9時前に大学に出発。歩いて20分程で大学に到着する。


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道ばたの植物観察に余念がない先生

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大学の入り口


10年前と変わらない姿に先生は感激している。ひゃー、懐かしい、変わってないなあ。あっ、この植物はキョウチクトウの仲間かな。うーん、いい匂いがする、なんだろうこれは。この大学には化石がゴロゴロ落ちてるんだよ、昼休みに良く拾って集めたんだよなあ、あっ、あのオリーブの木、あれに拾った石をよく投げてたんだよなあ。あれ、あのオリーブ、全然成長してない、10年前と全然変わってないよ、ひゃー、不思議だ。あっこの博物館、これは新しくできたとこだな、これは是非後で行かないと。レッチェの市内にも博物館があってね、いやそれは別に大きくないから行かなくていいんだけど。


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何とか学部の建物

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謎の遺跡らしき建物

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変わらない景色に感激する先生

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謎の日本人にカメラを向けられ足早に歩く学生達

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昨夜のデートの様子を語り合う学生達


先生の興味が尽きないうちに生物学部の建物に到着。先生が実験していた部屋などを見ながら進むと前からハイハイハイ! という声がして研究室のボスであるボエロ教授が現れ、先生と10年ぶりの再会を果たす。他にも秘書さんや当時准教授だった人など、様々な人が先生のもとに集まってきた。ひとしきり再会を喜んだ後、ボエロ教授に最近の状況を教えてもらう。教授は先生のことを親しみを込めてシンクボタと呼び、話題が変わるたびにいちいちシンクボタシンクボタと連発しているあたり、先生がいかに親しみをもたれていたかが良く分かる。


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10年前と変わらない実験室に感激する先生

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ボエロ教授

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若かりし頃のボエロ教授

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ピライノ教授と水槽を眺める先生


ひとしきり近況を聞いた後、先生がさっき行きたいと言っていた博物館に行く。レッチェ近辺で見つかった化石を展示する古生物博物館である。建物は完成しているが公開はされていなかった。設計ミスか分からないが、一度大雨が降ったときに雨漏りしまくって床板がデッコボコになり、えらいことになっている。


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床板がボッコボコ


そんな中でも数人のスタッフが陽気に仕事をしており、館長自らが案内をしてくれた。イルカの先祖の化石を一つ一つボンドでくっつけて全体を復元したものがあり、先生はいやーこれはホントにすごい仕事だと感銘を受けていたが、自分の専門である海洋生物の化石以外には基本的に興味が無いらしく基本的にスルーしていた。突然スピルバーグ監督みたいな人物が出てきて、誰だこの人はと思ったら先生が以前お世話になった古生物学の教授だった。別れ際に博物館の館長が1冊の本をくれた。大学に関係する偉大なエンジニアにまつわる書籍だそうだが、全編イタリア語であり詳細は不明である。


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館長から説明をうける先生

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昔のイルカ

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スピルバーグ似の教授と先生


博物館見学後、食堂で昼食を取る。先生が10年前に足しげく通っていた食堂だ。外の日差しがとても強く、二人ともとても喉が渇いていたのでまずは飲み物をぐっと飲む。すると先生のうめき声が聞こえてきた。グレープジュースを買ったつもりが赤ワインだったらしい。紙パックの赤ワインが売っているとは驚きだ。どうしよう、僕お酒強くないからもう酔っぱらってきちゃったよといいながら先生は結局ワインを飲み干していた。


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食堂


食後、先生が良く化石集めをしていたという広場を訪れる。先生はここで、逆立ちをしたり、化石の入っていない石をオリーブに投げたり、オリーブの葉を蹴りの風圧で落としたりして体を鍛えていたらしい。その際何度か警備員に尋問されたそうだが、謎の東洋人が石を投げたり蹴りを入れていたら、警備員としては尋問せざるを得ないだろう。


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昔を思い出して逆立ちする先生

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昔を思い出して蹴りを入れる先生


昔を思い出して投石する先生


ピライノ教授の部屋に戻り、最近の近況を聞きながらインタビュー内容の打ち合わせをする。先生は先ほどのエクササイズが効いたらしく、ほぼグロッキー状態で話を聞いている。先生の話の聞き方はやや独特で、基本的に相づちがとても多く、しかも相手が結論を話す2,3単語前にうーん、という大きな相づちを打つのが特徴である。一見適当に聞き流しているように見えるのだが、耳慣れない専門用語が出たり論理的におかしい点が出てくると相づちのうん、がうん? にちゃんと変わるため、実は全て内容を理解しているらしい。ただ今回はワインの影響で後半は完全に眠ってしまった。ピライノ教授は初めは先生と僕に半分ずつ視線を送っていたが、先生の眠りが深くなるにつれて僕への視線が多くなり、最終的に僕とマンツーマンで話をしていた。ピライノ教授には今日の夜8時ごろからアンドレアさんの家でインタビューを撮影することになり、僕らは先に家まで戻ることにした。


家に戻ると、昨日までの移動と短い睡眠時間による疲れがどっと出た。8時まで仮眠を取ることにする。8時過ぎにピライノ教授がやってきた。イタリアの夏は日が長く、夜9時くらいにようやく日が沈む感じで周りはまだ明るい。ただ暗くなるとインタビューが撮影できないので早めに準備をする。先生にインタビューをしてもらい、暗くなる前に無事撮影を終える。撮影後、ピライノ教授が食事に誘ってくれ、教授の車でレッチェ市内に移動する。


車を降りると見慣れない女性と少年が現れる。教授の彼女とその息子さんらしい。息子は11歳で、大人と話すよりはゲームの方が楽しい年頃のようで、歩きながらDSを取り出した。僕はそれを指差し、俺もDS持ってるというと彼はちょっと笑った。ゲームがスーパーマリオだったので、俺もそれ持ってるというと彼はまたちょっと笑った。よく見ると彼が持っているのはマジコンだった。


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夜のレッチェ市内


レストランでは色々食べてみたいという僕らのリクエストをもとに、ピライノ教授が注文してくれた。白ワインで乾杯し、飲んでみたら炭酸が入っておりとても美味しかった。息子は食事が一段落するたびにDSを取り出し、そのたびに女性に怒られていた。食事はピライノ教授がおごってくれた。たくさん料理が出て食べきれなかったので、家に持って帰ろうと先生が提案した。ピライノ教授はイタリアではあんまりそういうことはやらないんだけどと言ったが、いやー、もったいない、明日の朝ご飯にしようと繰り返す先生の熱意に負け、店員と交渉してパックにして詰めてくれた。先生は、フライドポテトは息子さんにあげようと提案したが、息子が暗に拒否したためか結局フライドポテトはパックされなかった。僕はこの時点でまだ1ユーロも使っていないことに気づいた。


時計は23時を回っており息子がかなり眠そうな感じだったが、可知さん、ここはちゃんと見ておいた方がいいですよという先生の熱意で市内の各所を歩いて回る。途中、先生が自転車を買ったという店を発見し、先生が店の店主らしき人物に私を覚えていますかと話しかけた。店主は英語が話せないようだったのでピライノ教授が通訳すると、店主は思い出したようで顔がぱっと明るくなった。先生は興奮し、ここで赤い自転車でライトがパッパッと点滅するやつを買ったんですよと、ピライノ教授に日本語で話しかけていた。


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謎のマネキン

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謎の落書き


最後にジェラート屋に寄り、ピライノ教授に家まで送っていただいた。10年前も、毎週こんな風にみんながごちそうしてくれたんですよ。ほんとにありがたいことですよと先生は何度も言っていた。先生、それは先生の人徳ですよというと、先生はいやあそうかなあと照れて笑っていた。


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ピライノ教授夫妻

自由すぎる教授とのイタリア滞在日記(1)

京大瀬戸内臨海センター准教授の久保田信氏と、イタリアのレッチェを訪問することになった。Zukan.TVの一環で、久保田氏が10年前に共同研究していたUniversity of Salentoの人々にインタビューをするのが目的である。


先生とは空港で待ち合わせすることになっている。23時15分関空発ドバイ経由ローマ行きの便だ。僕は9時ごろに到着して先生を待っていた。チェックインが始まってしばらくしても先生は現れない。やや不安になっているところに先生から電話がかかってきた。いやー、りんくうタウンでお風呂に入ってて、空港着が22時を過ぎるんだけど、大丈夫よねと言うので、先生、あのー、そろそろチェックインが終りそうな感じなんですけどと答える。あれ、23時45分発じゃなかったけ。いや先生、15分発です。こりゃ大変だ、というやり取りの後が電話が切れる。チェックインのファイナルコールが空港内にこだまし、やばいよやばいよと思っていると先生がうちわ片手に現れた。いやー、雨でびっちょびっちょだよ、温泉入っててねえ。先生、時間がやばいのでとりあえずチェックインしましょう。なんとか間に合った。


深夜便なのでずっと寝ていようと思ったら、夕食が出るらしい。先生はりんくうタウンでたらふく飯を食ったらしく、いやーもう食べれないからいらないよと言っていたが、料理が来たらワインとともに速攻で平らげていた。機内誌で気になる記事があったらしく、破いて保管していた。先生は酔いが回ってすぐに眠くなり、ワインを飲んだからすぐに寝れそうだよと言った20秒後にいびきをかいていた。


5時ごろにドバイ着。待ち時間が4時間くらいあり、その辺で時間をつぶすことに。先生、寝転べそうな椅子があります、ここで休みましょう。うーん、光の当り具合がイマイチだな。10分ほど歩き回って光の当り具合が良さげな椅子を発見し、座る。途中、先生がシャンプーをしにトイレに行ったりしていた。


ドバイからローマへの飛行機は約7時間である。さっきの便では殆ど寝ていたが、今回は昼の便なので映画をみて過ごすことにする、先生は日本の映画や音楽がたくさん見聞きできることに驚愕し、エミレーツ航空を絶賛していた。20世紀少年を見ようと張り切っていたが、いつの間にか眠りに落ち、起きた後は日本の歌謡曲を聴いてリズムを取っていた。僕はLost in Translationを見て、スカーレットヨハンソンの演技が素敵だと思った。


13時ごろにローマ到着。さらにブリンディシ行きの飛行機に乗り換える。待ち時間がまた3時間程あったので、空港内のレストランで食事をとる。僕はユーロを一切持っておらず、先生におごっていただく。


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ローマの空港

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昼ご飯

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離陸を前に腹ごしらえをするイタリア人家族

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テンションが上がりすぎて今からユニフォームを着てしまったフーリガン達


時間になったのでゲートに行ってみるが少し遅れているようだ。先生が隣にいたアスリートらしき人物に話しかけたところ、ペンタスロンのチームだった。ブリンディシで大会があるらしい。オーストリアと、オランダと、ブラジルの選手がいた。機内は満席で、荷物を上の荷物入れに入れようとよいしょと持ち上げた瞬間に別の人が荷物を入れてしまい、オーストリアの選手団に爆笑される。結局アテンダントの兄ちゃんがスペースを作って入れてくれた。


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オーストリアのペンタスロンチーム

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オランダの美女ペンタスロンチーム


1時間遅れで飛行機が出発し、18時半にブリンディシ到着。空港には先生の知り合いであるピライノ教授が迎えに来てくれていた。PhDのジャコブという男前も来てくれていた。ピライノ教授の車でレッチェのホテルまで送ってもらう。ピライノ教授は先生との思い出話に盛り上がりつつ、時速140kmで前の車を煽りまくっていた。先生がピライノ教授に奥さんはお元気ですかと聞いたところ、教授はいや僕は離婚していて、今はいい友達なんだと答え、先生はいきなり地雷を踏んでいた。


ホテルに到着したとピライノ教授が言うと、あれ、ここなんか見覚えがあるなという先生の声。アンドレアさんという先生の知り合いの家らしく、2階を貸してくれるのだそうだ。部屋は広くて綺麗でキッチンもある。しかも遅い到着を見込んで夕食を買っておいてくれていた。その夕食の中に生ハムとモッツレラチーズがあることに先生は驚喜し、10年前はこの2つを食べまくって、大学で受けた健康診断の数値がえらいことになったという思い出を食事中に3回くらい教えてくれた。22時ごろに就寝。移動に24時間くらいかかった。ようやく足を伸ばせて寝られることが幸せで、すぐに眠りにつく。


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お借りした部屋

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夜8時なのにこんなに明るい

2010年05月22日

ダイソーのおばちゃん

急に、カメラの三脚が必要になり、
近くに電気屋がなかったため、
ダメもとで、ダイソーに行ってみた。


入り口のそばにレジがあり、
淡谷のり子似のパートらしきおばちゃんがいたので、
「あのー、カメラの三脚ってありますか」
と聞いてみた。


おばちゃんは、一瞬遠い目をした後、
「あー、そういうのはちょっと無いですねえ」
とつぶやいた。


諦めて帰ろうとしたが、
一応、念のため、店の奥に進み、
商品整理をしていたイジリー岡田似の店員に
同じことを聞いてみた。


イジリー氏、一瞬の沈黙の後、
「すごく小さい奴だったらありますよ」
と言い、スタスタと歩き出した。


その足取りはジャングルの奥地に分け入る
インディージョーンズのごとく勇敢で迷いがなく、
「こちらです」と手を差し出した先には、
小型の三脚がぶら下がっていた。


僕はイジリー氏にお礼を言った後、
淡谷氏のレジに向かい、
これ見よがしに三脚を叩き付けてやった。


淡谷氏、三脚を二度見した後に僕の顔を見て、
「あ〜、どうもすいません」
と、林家三平の物まねでつぶやいた。


パートのおばちゃんが覚えきれないくらいの
商品を陳列するダイソー、恐るべし。

2010年05月18日

旅行代理店からのメッセージ

5月末に行く予定のイタリア航空券を
手配してもらっている旅行代理店の人から
こんなメールが届いた。


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可知様

お世話になっております。
ご連絡遅くなりましたが、パスポート情報、現地滞在先ご連絡、
ありがとうございます。

航空会社へ連絡いたしましたので、ご報告いたします。
ではお気をつけてイってらっしゃいませ。

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次回もこの人に手配をお願いしようと思う。

2010年05月12日

大型粗大ゴミ

京都の家を引き払うにあたり、
ベッドのマットレスを処分することになった。
IKEAで買った、クイーンサイズのばかでかいやつだ。
割といいやつで、確か7万円くらいした。


洗濯機をリサイクル業者に買い取ってもらったのだが、
引き取りにきてもらった際、業者の兄ちゃんに
「このマットレスもタダでいいので引き取ってくれませんか」
とダメもとで聞いてみたところ、
リサイクル市場においてはベッドは超高級品しか売れないため、
中途半端なマットレスは買い手がいないからダメだこの野郎
と無下に断られた一品である。


仕方ないので、京都市に引き取ってもらうことなり、
処分に2400円がかかることになった。


加えて、引き取り日の朝8時までに、
マンションの前にマットレスを
置いておかなければならないらしい。


誰かに頼んで手伝ってもらうかとも思ったが、
友達の少ない僕は一人でがんばって運んでみることにした。


僕は既に大阪の奥さんの家に住んでいるので、
前日の夜に京都入りし、
マットレスの上で一夜を明かし、
翌朝、準備体操をした後、作業に取りかかった。


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これがマットレスだ


マットレスを立てて、引っ張って廊下を通り、
部屋の外まで出すところまでは順調にいけた。
寝室を掃除するときには
これくらいの作業はいつも行っていたので、
CHA-RA-ヘッチャラである。


ドアを開けて、マンションの廊下に出そうとした瞬間、
突然マットレスが重くなる。
マンションの廊下の微妙な凹凸により、
摩擦係数が増大したようだ。


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こうして見るとぬりかべみたいだ


それでもがんばって押し出し、
エレベーターの前までやってきた。


エレベーターを開け、マットレスを中に入れようとしたところ、
予期せぬ事態が発生した。


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実は前日からうすうす、感じていたことなのだが、
マットレスがでかすぎて、エレベーターの中に入らない。
来るときはどうやって運んできたのか
不思議なくらい、はみ出ている。


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何回か、エレベーターの中に押し込んでみたのだが、
どうしても入らない。
マットレスをエレベーターの対角線状においてみたが、入らない。
どうにかマットレスを折り曲げないといけないのだが、
特に折り畳むことが想定されていない分厚いマットレスは
まさに元バレーボール全日本代表、ニッポンの摩天楼こと
大竹秀之にも匹敵する圧倒的な存在感を放っている。


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何回かのトライで無駄に体力を消耗した僕は、
次が最後のチャンスだと覚悟した。
ここで失敗したらもうマットレスを下に運ぶのは不可能で、
業者に電話して、お金を払って取りにきてもらわなければならないだろう。


ここで決めないともう後が無い。
僕は全身に力を込めてマットレスに組み付き、
ちょうどラグビーのタックルみたいな感じでひたすら押した。
これが本当のラグビーだったらここは花園ラグビー場で、
相手は社会人ラグビーの名門、
サントリーサンゴリアスのカリスマセンターバック、
アルフレッド・ウルイナヤウだろうというくらい
とにかく夢中で押した。
押しながら、海辺のカフカにおける星野さんが
入り口の石をひっくり返すシーンを思い出していた。
「今が人生」という森山直太朗の歌も思い出した。


何をどうやったのか分からないが、気づいたら僕は
エレベーターの中にいた。
見るとマットレスは一つの角を残して全て中に入っている。
最後の力を振り絞ってその角を中に引っ張り込むと、
さっきから閉まっては開き、閉まっては開いていた
エレベーターがようやく閉まり、急に静けさが訪れた。


プルプル震える手を押さえて
小さくガッツポーズをしていたら、
1階で掃除のおばちゃんがエレベーターを待っており、
汚物を見るような視線を向けられた。


ちなみに洗濯機は、
2009年モデルの美品であるにも関わらず、
基本価格が2万円で、
さらに糸くずフィルターをきちんと掃除していなかったために
メンテナンスのクオリティにいちゃもんを付けられ、
結局1万3000円で買い取ってもらった。

2010年05月09日

電気自動車でサーキットを疾走した速報(2)

コンバートEVのレースは、
各チームが様々な自動車を電気自動車に改造しており、
見ていて大変興味深い。


例えば日産マーチだったり、


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トヨタ往年の名車、スポーツ800と、
その永遠のライバル、ホンダS800だったり、


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普通のミニバンなど、多様なラインナップである。


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いずれにせよ、各自動車にレーシングスーツ姿のドライバーが
乗り込む様はある意味とてもシュールな光景である。


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各車のスペックはチームにより様々である。
例えば上述のトヨタスポーツ800はいかにも速そうだが、
動力源は昔ながらの鉛蓄電池であり、スピードは無いが安定感がある。


その一方、Team eco MOTIONのバンワゴン「サンバー」は
一見業務用にしか見えないが、
ハイスペックなリチウムイオンバッテリを満載しており、
最終コーナーをドリフト気味に曲がりながら
他車を圧倒していた。



レース風景


今回のレースは30分耐久である。
電気自動車の場合、ガソリン車とは違い、
燃料交換に非常に時間がかかるため、
短時間のレースにおいては,搭載したバッテリーを
いかにギリギリまで使い切って走れるか
ということが勝敗のカギになる。


そのため、序盤はスピードを抑えて様子を見つつ、
後半、バッテリ残量のメドが立った時点で勝負をかける
という戦略が一般的になる。


30分のレースの結果、優勝したのは
千葉県自動車総合大学校のビビオであった。
注目のサンバーは、後半猛追したものの、
ハイスペックバッテリを搭載していることによる
周回ハンデを挽回できず、3位であった。



後半猛追するサンバー


その後、フリー走行タイムがあり、
僕もZEVEXさんのERKに乗せていただく。
車高が低いこともあり、予想以上に速い。


鈴木さん曰く、
「バッテリ交換とかめんどうだから
 でかいバッテリを積んでガンガン走る」仕様らしく、
加速も良く、まさにリアルマリオカートだった。


閉会式が終わり、
帰路についたのが午後3時、
ZEVEXさんの車に同乗させていただき、
12時間かけて京都に帰宅した。

2010年05月06日

電気自動車でサーキットを疾走した速報(1)

5月3日、筑波サーキットにて、
日本EVクラブ主催の
「エキサイティングゴーゴー! EVレース」
が開催され、参加してきた。


このレースは、日本全国から
電気自動車のパイオニアともいえる存在が一同に集結し、
自ら製作した電気自動車で、互いの技術を競うものである。


2日の終電の新幹線に飛び乗り、
今回参加させていいただくチーム「ZEVEX」の開発拠点
「大津ピット」に到着したのが3日の午前1時。
夜中にも関わらず、
メンバーの皆さんは僕を暖かく出迎えてくださった。


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大津ピット


レースに備えて休息するべく、就寝準備を進める僕に対して
「じゃあ、早速乗ってみようか」と笑顔のZEVEXメンバー。


あれよあれよという間に、ZEVEXさん自慢の一品
「人力発電電気自動車」に乗せていただく。


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これが人力発電電気自動車だ


この自動車、以前乗せていただいたことがあったのだが、
その後の研究開発の結果、ギア比の最適調整に成功したらしく、
有酸素運動領域ギリギリの最適な負荷で発電できるようになっていた。


一通り試乗をさせていただいた後、
ミニバンに乗り込み、筑波サーキットに移動する。
ZEVEXさんのご厚意で、僕は後部座席で寝袋にくるまれ、
寝かせていただく。


心地よい振動に揺られ、朝6時過ぎに筑波サーキット到着。
早朝にも関わらず、サーキットは既に熱気に包まれていた。


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他チームの皆さんに挨拶をした後、
早速準備に取りかかる。


今回は、
完全自作の電動カート「ERK」によるレースと、
市販の自動車を電動にした「コンバートEV」によるレースの
2種類が存在する。
ZEVEXはそのうちの前者にエントリーしている。


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朝7:45、参加者全員でサーキットを歩く。
歩きながら、ドリフト界におけるカリスマ的存在である
鈴木ミノル氏によるコース説明を聞く。


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朝の散歩をする参加者達

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鈴木ミノル氏


散歩が終わり、開会式の後、
いよいよERKによるレースが始まった。


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開会式

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最終打ち合わせをするZEVEXメンバー

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最終打ち合わせをする他チームの皆さん

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を尻目にDSに夢中の他チームの子供達

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電動だけあり、とても静かなレースである。
タイヤの音がたまにするくらいだ。


30分のレースが終わり、
ZEVEXチームは結局、10チーム中7位だった。
ZEVEXの本来のミッションは
ゼロエミッション自動車による南極横断であり、
速い電気自動車を作ることにはこだわっておらず、
レース中も和やかな雰囲気であった。


レース後、何人かギャラリーの方がやってきた。
子供がカートに挑戦するらしく、父親の方が
ZEVEXメンバーに対して熱心に質問をしていた。


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少し昼休みがあった後、
コンバートEVによるレースが始まった。


つづく。

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