2010年05月29日
自由すぎる教授とのイタリア滞在日記(2)
時差ぼけもあってか朝5時ごろ起床。先生も早々に起きて論文の校正をしていた。昨日の残りを朝食として食べる。キッチンに粉末コーヒーのようなものがあり、先生が飲もうと言ってプラスチックのコップを持ってきた。エミレーツ航空でもらったものを拝借したらしい。いやーこのコップ、座りがいいもんだからつい持ってきちゃったよといいながらコーヒーの粉をカップの1/3くらい入れる。先生、それ入れ過ぎじゃないっすか。いやこんなもんでしょ。お湯を注ぎ、口に運んで0.5秒で先生の顔が曇る。なんだこれ、ドロドロじゃないか、どうなってるんだよ。先生、それは多分入れ過ぎなんですよ。えー、僕これ好きじゃないからあげるよ。半分もらってお湯を足し、飲んでみたら結構美味しかった。
準備をして9時前に大学に出発。歩いて20分程で大学に到着する。

道ばたの植物観察に余念がない先生

大学の入り口
10年前と変わらない姿に先生は感激している。ひゃー、懐かしい、変わってないなあ。あっ、この植物はキョウチクトウの仲間かな。うーん、いい匂いがする、なんだろうこれは。この大学には化石がゴロゴロ落ちてるんだよ、昼休みに良く拾って集めたんだよなあ、あっ、あのオリーブの木、あれに拾った石をよく投げてたんだよなあ。あれ、あのオリーブ、全然成長してない、10年前と全然変わってないよ、ひゃー、不思議だ。あっこの博物館、これは新しくできたとこだな、これは是非後で行かないと。レッチェの市内にも博物館があってね、いやそれは別に大きくないから行かなくていいんだけど。

何とか学部の建物

謎の遺跡らしき建物

変わらない景色に感激する先生

謎の日本人にカメラを向けられ足早に歩く学生達

昨夜のデートの様子を語り合う学生達
先生の興味が尽きないうちに生物学部の建物に到着。先生が実験していた部屋などを見ながら進むと前からハイハイハイ! という声がして研究室のボスであるボエロ教授が現れ、先生と10年ぶりの再会を果たす。他にも秘書さんや当時准教授だった人など、様々な人が先生のもとに集まってきた。ひとしきり再会を喜んだ後、ボエロ教授に最近の状況を教えてもらう。教授は先生のことを親しみを込めてシンクボタと呼び、話題が変わるたびにいちいちシンクボタシンクボタと連発しているあたり、先生がいかに親しみをもたれていたかが良く分かる。

10年前と変わらない実験室に感激する先生

ボエロ教授

若かりし頃のボエロ教授

ピライノ教授と水槽を眺める先生
ひとしきり近況を聞いた後、先生がさっき行きたいと言っていた博物館に行く。レッチェ近辺で見つかった化石を展示する古生物博物館である。建物は完成しているが公開はされていなかった。設計ミスか分からないが、一度大雨が降ったときに雨漏りしまくって床板がデッコボコになり、えらいことになっている。

床板がボッコボコ
そんな中でも数人のスタッフが陽気に仕事をしており、館長自らが案内をしてくれた。イルカの先祖の化石を一つ一つボンドでくっつけて全体を復元したものがあり、先生はいやーこれはホントにすごい仕事だと感銘を受けていたが、自分の専門である海洋生物の化石以外には基本的に興味が無いらしく基本的にスルーしていた。突然スピルバーグ監督みたいな人物が出てきて、誰だこの人はと思ったら先生が以前お世話になった古生物学の教授だった。別れ際に博物館の館長が1冊の本をくれた。大学に関係する偉大なエンジニアにまつわる書籍だそうだが、全編イタリア語であり詳細は不明である。

館長から説明をうける先生

昔のイルカ

スピルバーグ似の教授と先生
博物館見学後、食堂で昼食を取る。先生が10年前に足しげく通っていた食堂だ。外の日差しがとても強く、二人ともとても喉が渇いていたのでまずは飲み物をぐっと飲む。すると先生のうめき声が聞こえてきた。グレープジュースを買ったつもりが赤ワインだったらしい。紙パックの赤ワインが売っているとは驚きだ。どうしよう、僕お酒強くないからもう酔っぱらってきちゃったよといいながら先生は結局ワインを飲み干していた。

食堂
食後、先生が良く化石集めをしていたという広場を訪れる。先生はここで、逆立ちをしたり、化石の入っていない石をオリーブに投げたり、オリーブの葉を蹴りの風圧で落としたりして体を鍛えていたらしい。その際何度か警備員に尋問されたそうだが、謎の東洋人が石を投げたり蹴りを入れていたら、警備員としては尋問せざるを得ないだろう。

昔を思い出して逆立ちする先生

昔を思い出して蹴りを入れる先生
昔を思い出して投石する先生
ピライノ教授の部屋に戻り、最近の近況を聞きながらインタビュー内容の打ち合わせをする。先生は先ほどのエクササイズが効いたらしく、ほぼグロッキー状態で話を聞いている。先生の話の聞き方はやや独特で、基本的に相づちがとても多く、しかも相手が結論を話す2,3単語前にうーん、という大きな相づちを打つのが特徴である。一見適当に聞き流しているように見えるのだが、耳慣れない専門用語が出たり論理的におかしい点が出てくると相づちのうん、がうん? にちゃんと変わるため、実は全て内容を理解しているらしい。ただ今回はワインの影響で後半は完全に眠ってしまった。ピライノ教授は初めは先生と僕に半分ずつ視線を送っていたが、先生の眠りが深くなるにつれて僕への視線が多くなり、最終的に僕とマンツーマンで話をしていた。ピライノ教授には今日の夜8時ごろからアンドレアさんの家でインタビューを撮影することになり、僕らは先に家まで戻ることにした。
家に戻ると、昨日までの移動と短い睡眠時間による疲れがどっと出た。8時まで仮眠を取ることにする。8時過ぎにピライノ教授がやってきた。イタリアの夏は日が長く、夜9時くらいにようやく日が沈む感じで周りはまだ明るい。ただ暗くなるとインタビューが撮影できないので早めに準備をする。先生にインタビューをしてもらい、暗くなる前に無事撮影を終える。撮影後、ピライノ教授が食事に誘ってくれ、教授の車でレッチェ市内に移動する。
車を降りると見慣れない女性と少年が現れる。教授の彼女とその息子さんらしい。息子は11歳で、大人と話すよりはゲームの方が楽しい年頃のようで、歩きながらDSを取り出した。僕はそれを指差し、俺もDS持ってるというと彼はちょっと笑った。ゲームがスーパーマリオだったので、俺もそれ持ってるというと彼はまたちょっと笑った。よく見ると彼が持っているのはマジコンだった。

夜のレッチェ市内
レストランでは色々食べてみたいという僕らのリクエストをもとに、ピライノ教授が注文してくれた。白ワインで乾杯し、飲んでみたら炭酸が入っておりとても美味しかった。息子は食事が一段落するたびにDSを取り出し、そのたびに女性に怒られていた。食事はピライノ教授がおごってくれた。たくさん料理が出て食べきれなかったので、家に持って帰ろうと先生が提案した。ピライノ教授はイタリアではあんまりそういうことはやらないんだけどと言ったが、いやー、もったいない、明日の朝ご飯にしようと繰り返す先生の熱意に負け、店員と交渉してパックにして詰めてくれた。先生は、フライドポテトは息子さんにあげようと提案したが、息子が暗に拒否したためか結局フライドポテトはパックされなかった。僕はこの時点でまだ1ユーロも使っていないことに気づいた。
時計は23時を回っており息子がかなり眠そうな感じだったが、可知さん、ここはちゃんと見ておいた方がいいですよという先生の熱意で市内の各所を歩いて回る。途中、先生が自転車を買ったという店を発見し、先生が店の店主らしき人物に私を覚えていますかと話しかけた。店主は英語が話せないようだったのでピライノ教授が通訳すると、店主は思い出したようで顔がぱっと明るくなった。先生は興奮し、ここで赤い自転車でライトがパッパッと点滅するやつを買ったんですよと、ピライノ教授に日本語で話しかけていた。

謎のマネキン

謎の落書き
最後にジェラート屋に寄り、ピライノ教授に家まで送っていただいた。10年前も、毎週こんな風にみんながごちそうしてくれたんですよ。ほんとにありがたいことですよと先生は何度も言っていた。先生、それは先生の人徳ですよというと、先生はいやあそうかなあと照れて笑っていた。

ピライノ教授夫妻
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- at 15:48