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  1. アフリカ紀行10日目:タイでパイナップルを吐くほど食べるの巻
  2. アフリカ紀行9日目:最終日にようやく現地料理を堪能の巻
  3. アフリカ紀行8日目:地元中学生にスワヒリ語を学ぶの巻
  4. アフリカ紀行7日目:伝説のカンフー中国人に間違われるの巻
  5. アフリカ紀行6日目:ラリッた兄ちゃんが焼く腐りかけ魚を食べるの巻
  6. アフリカ紀行5日目:フェリーチケットをぼったくられかけるの巻
  7. アフリカ紀行4日目:ガンギロンガでガンバルンバの巻
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  9. アフリカ紀行2日目:機内でボブマーリーの大音量に悩まされるの巻
  10. アフリカ紀行1日目 タクシーに大盤振る舞いでバブリーな出だしの巻

2006年04月22日

アフリカ紀行10日目:タイでパイナップルを吐くほど食べるの巻

3時前に手荷物検査を終えロビーに向かう。

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便座ねえ〜


予想通り今回の飛行機も遅れた。4時過ぎくらいに出発。
搭乗ゲートに謎に人が殺到していた。並べよ。


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オイルショックのスーパーみたいだ


Goalという映画と、
Like a heavenというのと、
Pride and Prejudiceという映画を見た。
どれも英語がさっぱりわからんかったが、
展開から話の内容は推測できた。
航空会社も、映像を見てたら話の展開が分かる映画を
わざわざ選んでくれているのかもしれない。


後は食事が来ては食べていた。ブロイラーの気分だ。
およそ文化的な暮らしとは言えない。
食後にココナッツジュースを飲んだらくそまずかった。
隣にいた黒人は客室乗務員が入れていた紅茶が
床にたれていたときに
さりげなくティッシュを下にやってしずくを受け止めるなど、
無愛想ながらも紳士的な一面が垣間見えた。
もしかしたら乗務員にほれていたのかもしれない。


今回のクルーは行きのときと同じ人たちらしく、見覚えがあった。
相変わらず綺麗だったが、
ダルエスサラームで乗った飛行機の姉ちゃんが一番綺麗だった。


16:30にバンコク着。みんな降りないので、
何チンタラしてやがると業を煮やしていると
彼らはどうやらシンガポールまで行く人たちらしく、
離陸寸前に掃除の兄ちゃんに促されて降りる。
兄ちゃんありがとう。


2度目のバンコク。
とりあえずミーハー心でカオサンロードにいくことにする。
が、どこか分からないので、バスの運転手さんに
カオサンに着いたら教えてくださいとお願いしておくが、
それでも不安で坊主の日本人に話しかけるとやたらでかい声で
「皆カオサンで降りるから大丈夫だよ」と言われる。
カオサンに到着後、両替をする。
3年ぶりにきたカオサンはあいかわらずやかましかった。
物価が全く変わっていなかったのには驚いた。
400円くらいの宿に泊まる。
囚人の部屋みたいだが、タンザニアの半額だ。


タイでは宿とか食事に市民と外国人の区別が無く、
タンザニアの宿、食事は、明らかに市民用と外国人用で異なっていた。
つまりタイにはツーリスト向け、という文化が無い。
これも歴史の違いだろうなあ。


アフリカの場合:
外国人=白人
→白人用の食事、宿が発達
→これが旅行者に対しても浸透


アジアの場合:
外国人=アジア人
→基本の生活様式は同じのため、国内の宿、食事を提供
→これが外国人に対しても浸透


こんな感じ。


外に出て、パパイヤとパイナップルを食べまくる。
パイナップルは20バーツ(60円くらい)のを買ったら
やたらでかいのを渡され、吐きそうになりながら食べる。
タンザニアのガイドブックを本屋で売ろうとしたら、
こんな遠いところ誰もいかねえよとキレられる。
日本の本と交換してやる、というので本を物色したが、
下世話な本しかなかったのであきらめて帰ろうとしたら、
100バーツで買ってやるという。
購入価格の1/10だが、いらないので買ってもらう。


その後カオサンをうろつく。
やはりここは一人だとかなり寂しい。
21時くらいに宿に戻って寝る。


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翌日、関空行きの飛行機に乗って帰国。
寝ようと思ったら機内でグッドモーニングと言われてびびったが、
タイでは既に朝8時らしい。
朝食らしきものを食べつつ、空が明るくなっていく様を見届ける。
寝ようとしたが一時間ほどで目が覚めたので、
映画を見ていたら、日本到着。


帰国日が丁度、大学の卒業式だった。

2006年04月16日

アフリカ紀行9日目:最終日にようやく現地料理を堪能の巻

今日はタンザニアを出国する日である。
7:30起床。朝食は今日もスイカとパンだった。
食ってたらMAJUがやってきた。
彼女と連れのドイツ人は今からお出かけ、
僕は10時にはホテルを出るのでここでお別れである。
メールアドレスを交換して別れる。


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ホテルからの眺め。ダルエスサラームの町並みもこれで最後


9:30にホテル発、ダラダラで空港に向かう。


飛行機は13時発だが、
エチオピア航空はオーバーブッキングで悪評高いらしいので
警戒して早めに空港に行く。
空港の売店にてスワヒリ語の教科書を買って読みふける。
お腹がすいたので町に出て食堂を探す。
そういえば、一度もウガリ
(トウモロコシとキャッサバ の粉を、お湯でこねて蒸したもの)
を食べてなかったので、食べることにする。
とある食堂に入り、ウガリ、ウガリと
連発しているとどうやら理解してくれたらしく、
おばちゃんが中に通してくれた。


座っていたら少年が水道っぽい所に立ってこっちへこいと言う。
どうやら手を洗うみたいだ。
再び座っていたら、おばあちゃんがポットっぽいものを持ってきた。
もう一回手を洗うらしい。
熱湯だった。熱いって。


両手でごしごし洗おうとしたら、
左手を避けるようにしてかけてくる。
タンザニア(イスラム教徒だけだったかも)では、
左手は不浄とされているので、
食事には使わないから洗わないのかもしれない。


そしてウガリ登場。ウガリでかいよ。
食べ方が良く分からないのでおばちゃんに教えてもらう。
スプーンでウガリを小さく切って手でこね、
四方にあるスープやらにつけて食べるらしい。
おばちゃんが何の苦もなくやってのけるので、
同じようにやってみたら、めちゃくちゃ熱い。
おばちゃんの手どーなってんねん。


おばちゃんは気を遣ってフォークを持ってきてくれたが、
現地人ぽく手づかみで食べてみる。
なかなかおいしい。ダルバートと味が似てる。
ウガリがでかすぎたが、がんばって9割食べる。


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真ん中がウガリで、四方にあるのがおかず カレーみたいなのとかもある


800Tsh(80円くらい)だった。安い。お礼を言って退席する。
再び空港に戻ってチェックインを待つ。
空港で日本人3人組に遭遇する。
ワーキングキャンプと言うのに行っていたらしい。
エチオピア航空のチェックインは時間になっても始まらず、
周りに不穏な空気が流れてきた。皆殺気立っている。
今にも暴動が起こるかというときに、ようやくチェックイン開始。
並んでいたら、体重150キロはありそうな
図体のでかいアラブ系のおっさんがやってきて横入りしてきた。
係の人がやってきて、てめえ横入りすんなと
注意するのかと思ったら、VIP待遇で先に手続きをされていた。
本当にえらい人なのかもしれなかった。

チェックインの手続きをしてくれた姉ちゃんが
関空行きのチケットを渡しそびれ、
あやうくバンコクで迷い子になるところだった。たのむよ。
一時間遅れで搭乗。ガラガラだった。
エチオピア航空の姉ちゃんは相変わらず綺麗だったが、
中でも特に綺麗な人がいて、見とれていた。
写真に撮れなかったのが残念だ。


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エチオピア航空のマーク


アフリカの男性はださくていけてないが、
女性は綺麗でオシャレだ。特にエチオピア人。
経由地のナイロビに着く前にキリマンジャロを拝む。
ナイロビではアホほど人が乗ってきた。
皆やたら荷物が多く、荷物入れがギュウギュウだった。
預けるか、そんなにいっぱい荷物もって旅行すんなと
言ってやりたかったが、こわいので諦めた。

2006年04月15日

アフリカ紀行8日目:地元中学生にスワヒリ語を学ぶの巻

6時に目を覚ましてウダウダしながら朝食の時間を待つ。
8時に食堂でご飯を食べる。
最初もらったパンが思いっきりカビていた。
スイカとパン2枚という、
待った割にはしょぼい食事を5分で食べて外出する。
今日はティンガティンガを買いに、ティンガティンガセンターというところに行くことにする。
行き方が良く分からなかったが、それらしいダラダラに乗ってみる。


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謎の動物


そしたらセンターを通り越して半島の端まで来てしまった。
高級マンションの近くにスーパーがあったので入ってみたら、
メチャメチャ高かった。特に外国産の製品が高い。
グローバル企業の展開によって世界のスーパーが均質になっていく。
アフリカにも西洋文化が思う存分はびこっていて、
独自の文化とまざり、時には排除している。
真のグローバル化とは、ローカルに根ざした価値を
世界に知らしめるものなのだと思ったりする。


スーパーでお金を下ろし、歩いてダラダラ乗り場らしきところに行く。
ティンガティンガセンターに行きたいんですけど、
と運転手さんに言ったら、乗れと言うので乗る。
近くに着いたら教えてくれと運転手に頼むと、
まかせろと言われたので親父を信じることにする。


しかし何となくセンター付近ぽいところに着いても親父は何も言わない。
このままだとホテルに戻ってまうんじゃないかと思ったが、
親父を信じて黙って乗りつづける。
親父、ようやく思い出したらしいが、
やはりセンターは通り過ぎてしまっていたようだ。
でも反対向きのダラダラとすれ違ったときに、
こいつをティンガティンガセンターまで
乗せてってやってくれと言ってくれた。ありがたい。


反対向きのバスに乗り込むと、死ぬほど混んでいる。
定員14人(補助椅子込み)のところに22人くらい乗っていた。
隣にいた清楚な女性のコロンの香りを楽しみつつ、
ようやくティンガティンガセンターにたどり着いた。


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ティンガティンガ屋さん


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それらしき店がたくさんあるので、
一件ずつまわってみることにする。
訳の分からん顔が並んでいるものとか、
アフリカ人の生活を描いたものとか、
普通にアフリカ人の肖像画とか、
およそティンガティンガとは言えなさそうな絵もある。
小さいものは無造作に山積みになっていることが多く、
見るだけでも一苦労なのだが、丁寧に一つずつ見て回る。
一通り店をまわって、掘り出し物的にキリンとヒョウの絵を買う。


他にも買いたいものに大体見当をつけたが、
立ちっぱなしで見ていたのでとっても疲れ、
いったんインターネットカフェに逃げ込む。クーラー効き過ぎ。
その後フライドポテトみたいなのを売っている露店があったので買ってみたら、
黒いビニール袋に入れてよこした。生ゴミじゃないんだから。


元気が出てきたので、その後再び買い物へ。
素朴なおばあちゃんのいる店で工芸品を買い、
もう一回りして帰ろうと思ったら、奥の方に立派な建物を発見する。
どうやらそれが本物のティンガティンガセンターらしい。
今まで見ていたのは普通の露天だった。なんだよ。
何となく絵も最初見てたところよりも上手だ。どーなってんねん。
物色してフラミンゴの絵を買い、満足したのでホテルに戻る。


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ティンガティンガセンター(本物)で絵を描く職人


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これがティンガティンガ


荷物を置いて仮眠をとり、人生について考えた後、
17時過ぎに再び外出し、オレンジを求めてさまよう。
スーパーマーケットに入ったら、一人の店員が話しかけてきた。
スーパーにある中国茶の入れ方について聞かれたので教えてあげると、
仲良くなって雑談をする。


色々話しているうちに、日本人はタンザニアに来れるけど、
タンザニア人は日本に行きたくても行けないんだ、
みたいな話になった。確かにそのとおりだ。
どんなに貧乏旅行をしても、
現地の人間から見れば旅行それ自体がとんでもなく贅沢なものなのだ。
若干後ろめたい気持ちになっていると、
俺も日本に行きたいから手助けしてくれと言ってきた。
ツテが無いので、とりあえずメールアドレスを教えるから
連絡とりあおうみたいな話で落ち着く。
紅茶を2つ買ってスーパーを出る。


ホテル前のダラダラ乗り場でたたずむ。この景色が好きだ。
そしたら怪しい男が声を掛けてきた。
何気なくスワヒリ語の会話本を見せると、
俺がスワヒリ語を教えてやるからあっちへ行こうと言ってきた。
ノーサンキューと断ったら、
男は付近の賢そうな中学生3人組に声を掛けて何やら話をしている。
話が終わると、学生は妙に馴れ馴れしい口調で俺に話しかけてきた。
どうやらスワヒリ語を教えてくれるらしい。
お金を請求されるのだろうと思っていたが、
勉強になりそうなので付き合ってみる。


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バス乗り場前の風景


中学生はフライデン君といい、
最初はどうやって教えたら良いのか要領を得ていなかったが、
徐々に慣れてきて、「Repeat after me」とか言ってくる。
発音の勉強だ。
20分くらいやったら大体満足したので、
もういいよ、ありがとうと言う。
そしたら3人組はこそこそ会議を始めた。
フライデン君はちょっと困ったような顔で、
メールアドレスを教えてくれと言ってきた。
アドレスを交換している間にも会議は続いているようだ。
会議の内容は大体こんな感じだろう。


別の中学生(以下中)「さ、授業料請求しよか、いくらにしよか?」

フライデン(以下フ)「いやー、何か言い出しづらいな」

中「なんだよ、言えよ。もらった金でエロ本でも買おうぜ」

フ「いきなりキレられたらどうしよう、カンフーとかでぼこぼこにされるかも」

中「大丈夫だって、3人いれば何とかなるって。はよしろや」

フ「とりあえず、メールアドレス聞いてみるわ。(可知に向って)メールアドレス教えてよ」

中「いやメールアドレスはいいから、金だっつてんだろこのばかちんが!」

フ「じゃあお前が言えや」

中「いや俺は先生じゃないから。お願いしますよ先生」

フ「いやー、無理だって。こわいよ、こいつこわいよ、ホラなんかニヤニヤしてる。こいつは俺たちの心を見通しているに違いない」

中「ほんとだ、こええ、こいつにはかなわないや、逃げるぞフライデン」


というわけで、彼らはお金を請求することなく立ち去っていった。
この国もまだ捨てたもんじゃない。
ちなみに、お金を請求されたときは、
お金をあげるか、
日本から相当金額のお土産を後日郵送するか、
フライデン君が日本で勉強したくなったときに
アレンジしてあげる権利
の3つの選択肢を提供するつもりでいた。


彼だったら3を選んだに違いない。

2006年04月11日

アフリカ紀行7日目:伝説のカンフー中国人に間違われるの巻

キュートなポルトガル人パプファとチャットする夢と、
マッキンゼーの就職セミナーでコンサルタントに
ダメだしをする夢を見て起床。幸先の良いスタートである。
7時に朝食、パッション系のジュースに舌鼓。
30分後ホテル発。港へ向かう途中で初老の男性に
けがした頭を見せられて300TSh(30円くらい)せがまれる。
300TShあれば治るらしいのであげた。


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ザンジバルの猫


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お店の準備をするマサイの戦士 戦士というかすでに商人
高田延彦だったらこう言うだろう
「男の中の男出てこいや!!」


チケット売り場で券を購入した後、
オレンジを買いに市場をさまよう。
しかしオレンジが売っていない。
そのかわりにやたら洋梨が売っている。
かなりローカルなエリアまで入り込んで探したがやっぱりなかった。
オレンジは諦めてお土産を物色することにする。
何とも言えない音を発するおもちゃの携帯電話と、
携帯電話っぽいラジオを購入する。


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彼らもオレンジが無くてへこんでいる


港へ戻っり、その辺に座って休む。
隣にいた親父に話しかけられ、
JumboとMamboの違いを教えてもらう。
Jumboと言われたらJumboと、
Mamboと言われたらPoaと答えるものらしい。


時間になったので入港する。
来たときにイミグレーションオフィスをスルーしたため、
姉ちゃんに叱られるが、しかるべき措置の後無事通過する。


船には、行きと違って座席指定は無いらしい。
乗り込む前に並んでいると、
横から人がガンガン入ってくるが誰も文句を言っていなかった。
テレビでは、スポーツおもしろ名場面集をやっている。


船は若干揺れがひどく、ちょっと気分が悪くなる。
ふと隣を見たら子連れのおばちゃんが
ビニール袋を口元においてゲロを吐いている。
危うく、もらいゲロしそうになるがこらえる。
しかしこのままではまずい。
テレビを見ると、スポーツおもしろ名場面集が終わり、
映画が始まったので、見てキを紛らわすことにする。


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奥の方にいる女の人がこの後にゲロまみれに


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船の中で談笑するマサイの戦士


映画Showdownというタイトルで、
大学に通う弱小主人公が元警官の男のもとで修行し、
大学一番の不良とガールフレンドをめぐって戦うと言う話だった。
80年代のアメリカ映画、という感じだ。


ヒロインがかなりブサイクだった。
さらに、最後はなぜか、元警官と不良の黒幕との戦いとなり、
誰が主人公なのか良く分からない。


波の音のため、音声が聞こえづらかったが、
それでもストーリーについていけるという意味では、
船上の放映映画として間違った選択ではないのだろう。


クライマックス直前でダルエスサラームに到着し、
結末が分からないまま船を降りる。
何とも言えない消化不良感を感じたことから、
それなりに楽しんでいる自分に気付いた。


船から降りると、謎の親父が港の税金を払えと言ってくるが、
無視してダルエスサラームに降り立つ。


宿を求めてYWCAにいく。シングルは空いていないが、
それより安いファミリールームという部屋があるらしい。
部屋を見せてといったがセキュリティー上ダメらしい。
他の所もまわってみようと外に出かけたとき、
フィンランド女性が現れて部屋に連れて行ってくれる。
宿に泊まっている人が一緒なら問題ないらしい。
彼女の名前はMAJU(まゆ)で、アフリカ文化を専攻しているらしい。


部屋は狭いだけで問題がなさそうなので泊まることにする。
宿内をうろついていたら、MAJUの友達らしき人に遭遇する。
現地人ぽい風体だったが、ドイツ人だった。
ひとしきり話をして別れる。


KALIALOOってところに大きい市場があるらしいので、
そこに行ってみることにする。
ダラダラで20分ほどで着いた。やかましそうな場所だ。
インチキアディダスの時計、文房具などを買う。


途中、チーマーが出現し、
おい中国人、俺とカンフーで勝負しろ、みたいなことを言ってきた。
よし分かったと言って近づくと、そいつは警戒しながらも、
半笑いでかかってこいという仕草をしている。
からかわれてる感じだ。
対応に困り、立ち去ったが、
後であれはバカにされていたのだろうと思い、腹を立てる。


これまで一度も東洋人に対する反応に腹を立てたことは無かったが、
あれは不愉快だった。
その後、機嫌が悪くなったのが顔に出たのか分からないが、
誰にも声を掛けられなくなる。
もしかしたら、伝説のカンフー男現るという噂が
早くも町を飛び交ったのかもしれない。


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写真を撮っているのがばれるとこのように睨まれる


ひとしきり買い物を終えた後、コーラを買って飲み、
警察の前に座りやすそうな段差があったので座って休む。
そしたら警官が話しかけてきた。
ザンジバルで買ったラジオに興味を示し、
3000TShで売ってくれと言われる。
ダメだと言ったら、警官は「Come on my friend」とか
物売りみたいなことを言ってきた。
警官がたかるんじゃない。
その後別の警官に、そこに座るなと怒鳴られて退出する。


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ラジオを売ってくれとせびる警官


宿に帰ることにして、宿方面のダラダラに乗る。
ダラダラはかなり満席で座るところが無かったので窓に腰掛けたら、
ケツがはみ出ていたようで運転手に注意され周囲の失笑を買う。
車内でもチナチナと言われる。
どういう思いで呼ばれているのかが分からないので対応に困る。


ダラダラを降りて歩いていたら、土産物屋を発見する。
ホワイトバンドみたいなゴムのブレスレットみたいなのが
3000TShだと言う。こいつは明らかにぼったくりだと思い、
思い立ち去ろうとしたら腕をつかまれる。かなり強引だ。
いくらなら買うんだというので100TShなら買うよと言ったら、
お前頭大丈夫かと言われる。余計なお世話だ。
100TShというのが気に食わなかったらしく、
険悪なムードになってきたので身の危険を感じ、
礼を尽くして立ち去る。
微妙に後をつけてくるのでボコられるのではないかと不安になり、
スーパーマーケットに逃げこもうとしたら休みだった。
もうダメだと諦めたが、
そいつは別の白人にセールストークをかましていた。やれやれ。


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一番気に入っている写真 この絵を描いた人にぜひお会いしたい


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カジノの看板。みんな喜び過ぎ


ご飯を食べようと思いそれらしき店に入ると、高そうなところだった。
チャーハンと紅茶を頼んで食べる。
そういえば、未だに一度もアフリカっぽいものを食べていない。
周辺をうろつき、19時くらいに帰宅。
部屋の電気が切れかけており、ついたり消えたりしている。
目がチカチカするので電気を消し、外の明かりを頼りにして日記を書く。

2006年04月09日

アフリカ紀行6日目:ラリッた兄ちゃんが焼く腐りかけ魚を食べるの巻

朝6時に起床。うだうだ準備をしていたら6時半になり、
早足でフェリー乗り場に向かう。
また怪しげな兄ちゃんが声を掛けてきた。
7:30発の切符売り場はあっちだぜと、
昨日ぼられそうになった事務所がある方角をさして言うので無視する。
兄ちゃんを振り切って、
オフィシャルっぽい事務所でチケットを購入してみたが、
チケットを見ると10:30発と書かれている。
どうやら本当に隣の売り場だったらしい。


「10:30でいいの?」と半笑いで聞いてくる
兄ちゃんに対し平静を装って別れる。


チケットを買った際、係員に50$払ったのだが、
おつりを払ってくれない。どうやら15$のおつりが無いらしい。
いま持ってくるから待ってろというので、
クッキーを食べながら待つ。
30分くらいしても戻ってこないので
しびれを切らして他の事務員に抗議したら、
直後に係員が戻ってきておつりをくれた。
がんばってくれていたみたいだ。


フェリーまで3時間の暇ができたので周囲を歩くことにする。
ちょうど、ガイドブックに散策コースみたいなのが載っていた。


まず鉄道の駅に行き、構内に侵入して盗撮する。
その後コースを外れて謎の高い塔に行ってみたりしつつ、
海沿いの道に出た。


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鉄道の駅


海が広がっていて、キレイだが、
ガイドブックによるとこの通りはあまり治安がよろしくないらしい。
でもとてもいい景色なので、歩いてみる。


途中、チンピラ風の男に「China, China(チナ、チナ)」
と連呼されるが、からまれずに済んだ。
こっちの人間はチナと呼びかけておきながら、
お前はどこの国から来たんだ、日本か?とか聞いてくる。
多分、チナとは東洋人 といった人種のことをさすのだろう。
若干差別的に聞こえないことも無いが、
心が広いので、気にしないことにする。
歩きながらミスチルの「名もなき詩」を口ずさみ、
詩の深さに改めて感銘を受ける。


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海沿いに住む人々。かなりにらまれている


そうこうしているうちに、魚市場にたどり着く。
かなり人がたかっていて騒々しい。
全体的に、かなり臭いがきつい。魚は大丈夫なんだろうか。


市場内で再びチーマーに声を掛けられ、
「カンフー、カンフー」といってくるので、
カンフーっぽい動きをしてあげると喜んだ。俺は心が広いのだ。


市場を抜けたあたりで疲れ、休む。
若者が車を洗っているが、多分商売でやっているのだろう。
肉体が黒光りしてまぶしかった。
フェリー乗り場に着いたら丁度10時くらいだったので、
船に乗り込む。


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ザンジバル行きの船


船内で見かけた日本人ぽい人が、
若干イアエステの松本君に似ていたのでおどろく。
自分の座席の近くには金持ち一家みたいな感じの4人組がおり、
俺の席にはその末っ子らしい女の子が座っている。


そこ、僕の席なんですけど的なオーラを出していたら、
女の子の兄ちゃんと思わしき少年が女の子に指示して、
席を空けてくれた。さすが金持ちは話が分かる。


娘は若干文句があるようで毒づいていたが、
僕が笑顔になるとおとなしくなった。多分ほれたのだろう。
フェリーではプレミアリーグの放送をやっていた。
2時間でザンジバルに着くと書いてあったが、結局3時間以上かかった。


イミグレーションオフィスみたいなところがあったが、
スルーしてザンジバルに入島。
群がる客引きは無視していたが、一人しつこく付いてくる奴がいた。
うっとうしいので2回程まこうとしたが、最終的につかまる。
俺は政府公認のガイドスタッフだと言い張る。絶対嘘だ。
どこまでもついてくるのでうっとうしくなり、
頼むからついてこないでくれ、と言ったらどこかに行った。


怒り疲れたので、売店でコーラを買って飲んでいたら、
変な兄ちゃんが自転車に乗ってやってきて、
100シリングくれと言ってきた。


何であげなきゃいけないの、と聞くと、
「喉が渇いたが金がない。だから100シリングくれ」
という意味不明のロジックであった。


お前は元気そうだから働いて稼げ
と言ってやろうと思ったが、ケンカが強そうだったので、
コーラの残りをあげたらおとなしくなった。
また一人の人間をスポイルしてしまった。


ストーンタウン方面に向かって歩いていると、
またさっきの客引きに出くわす。
奇遇だねえ みたいな感じでニヤニヤしているが、
後をつけてきたに違いない。
めんどくさいので、宿を紹介してもらうことにした。


客引きはよしきたと言い、ドンドン細い路地に入り込んでいく。
細い路地に誘い込んで、かつあげするつもりだなこの野郎と思い、
怒って引き返す。客引き、狼狽して、
「かつあげなんかしないよ、大通り沿いのホテルは高いんだ、
 嘘だと思ったら聞いてみろ」と言うので、
ホテルで聞いてみたら、ほんとに高かった。
おとなしく客引きについていく。


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ストーンタウンの女の子。髪の毛超いけてる


客引きに、政府公認だというその証拠を見せろと言ってみたところ、
しどろもどろになり、テンパりながら
ホテルのカードをいっぱい出してみせてきた。
結局、8ドルのホテルに泊まることになった。
何割かは客引きの手数料だろう。これが彼らのビジネスなのだ。
ストーンタウンは道が入り組みすぎていたので、
結果的には紹介を頼んでよかった。


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路地裏の子猫達


荷物を置いて散策に出てみるが、全く道が分からない。
途中土産物屋の兄ちゃんに道を聞くがやっぱり分からず、
適当に歩いていたらホテルに来る前に歩いていた通りに出た。


さらにうろついていたら、頭の悪そうな兄ちゃんに声を掛けられる。
目がイッているので、ラリッているに違いない。こいつは危険だ。
適当に話を合わせていたところ、
「ちょっと水飲んでくるわ」と言ってどこかに行ったので、
その隙に全速力で逃げる。


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ファミコン屋さん 一時間800TSh(80円くらい) JJクラブのはしり


気付いたら、最初に道を聞いた土産物屋に戻ってきてしまった。
ここに行きたいんですけど、というと、
土産物屋の兄ちゃんは親切にも一緒についてきてくれた。
たどり着いた先はさっきと同じ通りだった。
混乱したが、お礼を言い、土産物屋の兄ちゃんと別れる。


色々と迷ったあげく、海沿いの道に出た。
ようやく行きたかった本屋を発見したが、
良さげな本が無く、アホほど高いので早々に退出し、
周辺の土産物屋を散策する。


この辺の商法はネパールと全く同じだ。
「ハローマイフレンド」と声を掛けられ、
「これはスペシャルプライスだ、良く聞けよ」といってふっかけ、
帰ろうとすると「まてまて、いくらなら買うんだ」とというやつである。
マサイ族の兄ちゃんまで同様のやり口で売ってくるのは軽い衝撃だった。
どうやらこの界隈はツーリスト価格になっているらしく、
日本と比較してもそんなに変わらないくらいの物価である。
言い値の半額くらいをいって、ごねたら帰ろうとして
オーケーと言わせるやり口で値切り続ける。


ロナウド似の兄ちゃんがいる店で、
たこちゃんがリクエストしていた木のネックレスを発見する。
しかし長さがたこちゃんがほしがっていたようなやつ程はなさそうだ。
もっと長いのが欲しいんだけどといったら、作ってやると言う。
いくらか聞いたら45$と言ってきた。
高すぎなので店を出ていろんな店に聞いてまわり、
結局10$で買った。
調子に乗って物売りのカシューナッツも値切ってみたが、
3割引くらいが限界だった。


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ファキンジャップのファキンリクエストでファキンネックレスを長くするファキン兄ちゃん


帰り道にビーチに寄ってみる。
かなり綺麗な海で、リゾート地という感じだ。
タンザニアに来てよかったなあとしみじみ思う。


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海パン持ってきたら良かった


満足したので帰ろうとしたら、さっきのラリった兄ちゃんに遭遇する。
やばい殺されると思ったが、相変わらずニヤニヤしており、
屋台で魚が食えるからついてこい、と言う。
ビーチの波打ち際にいくつか店が出ており、
バーベキュー風に魚を焼いて食べられるらしい。
魚には蠅がたかりまくっており、
しかも一串1$くらいと微妙に高いのだが、
せっかくなので買ってみることにする。


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ファキンジャップのために群れなすファキンフライにも負けずファキンフィッシュを焼くファキン兄ちゃん


ツナっぽいものと、聞いたことの無い名前の魚と、ナンを注文する。
兄ちゃんは上機嫌で1分ほど魚を焼いてよこした。
ツナっぽいものは、ツーンとした鼻をつく臭いがしており、
経験的には明らかに腐っている感じの臭いだったが、
勇気を出して完食する。
計算を間違えて2$くらい余計に払ってしまったが、
気分が良かったのであきらめる。


その後、さまよいながらホテルに到着。
まだちょっと明るかったので、周辺をうろついてみる。
ストーンタウンの町並みは最高に綺麗だ。


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ストーンタウンはこんな感じ


途中、街頭テレビでプレミアリーグを見る人たちを発見する。
さながら昭和初期の光景である。
彼らにとってのベッカムは、力道山みたいな存在らしい。


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階段に腰掛けて黄昏れていると、
イスラム教徒2人組に声を掛けられる。
ザンジバルは立地上、とくにイスラム教徒が多い場所なのだ。
日本の車はいくらだ、みたいな話からはじまって、
宗教の話になり、イスラム教についてとうとうと説かれる。
「イスラムは唯一神だけを信じる」
「偶像崇拝はしない」
「イスラムは単なる宗教ではない、生き方そのものだ」
「イスラムの神が伝道師としてイエスとか釈迦を送り出したんだ、だからイスラム最高」
みたいなことを熱く語られる。
最後に、お前にイスラムを説くのは
イスラム教徒としての義務なのだと言われ、
なるほどそうなのかと思う。
宗教は心のよりどころにもなるし悪いことをする為のいい訳にもなる。
そのココロは何であるか、ということに対しては、
僕はまだ明確な答えを持てないでいる。


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ファキンジャップにイスラム教を説き、満足して帰るムスリム2人組


ホテルに帰って寝る。幸せな一日だった。

2006年04月06日

アフリカ紀行5日目:フェリーチケットをぼったくられかけるの巻

今日もイスラム放送で強制的に目を覚ます。
8時くらいにチェックアウトして周辺をうろつく。
市場付近で少年が男に放り出されて泣いていた。


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泣き止みかけた少年 彼はまた一つ、大人になった


昨日と同じ店でクッキーを買ってバス乗り場に行く。
イリンガからダルエスサラームに戻るためだ。
今日のバスは行きとは違い、ちょっと高級なバスである。
椅子がでかくて足が伸ばせる。運転手が制服を着ている。
途中、水とかお菓子のサービスがある。
客層が金持ちか観光客。行きのローカルな雰囲気も良かったが、
乗り心地を考えると3000TShという高さも納得のプライスである。


行きと同様、MIKUMI国立公園を横切ったが、
今回はキリンと象を発見しテンションが上がる。
キリンは木の葉を食っていて、像は木陰に10匹くらい固まっていた。
バスが速すぎて写真が撮れなかったのは残念だ。


バスの中では基本的にやることが無いので、
いろいろと考え事をする。
若者らしく将来について考えてみたりしたが、内容は忘れた。
4時過ぎくらいにダルエスサラームに到着。
ダラダラでポスタという、ローカルバスのターミナルにいく。

スワヒリ語は、とても発音が特徴的である。
アディスアベバとか、ポレポレとか、
他の言葉には無い語感を持つ言葉がたくさんある。
誰が考えて、どうしてこんな名前になったのかわからないが、
上手に活用すると、第二の糸井重里になれるんじゃないかと思う。


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バスの少年。相変わらず盗撮


ダラダラの車内で、兄ちゃんがスワヒリ語で話しかけてきた。
当然、何と言っているか分からず、
先日おばちゃんから購入したスワヒリ語フレーズブックを開き、
単語を指差して、「今この言葉しゃべった?」と聞いてみるが、
違うよこの野郎と一蹴される。なんだよ。


ポスタに着いて、YMCAという有名なユースホステルに行ってみるが、
ダブルのちょっと高い部屋しか空いていないみたいなので
別のホテルに行ってみるが、そこもダブルしかあいていない。
めんどくさいのでそこに決める。
今思えばYWCAのダブルにしたら良かった。


翌日はザンジバル島に行くことにしているので、
チケットを買いに、フェリー乗り場まで行ってみる。
途中、日本語で話しかけてくる兄ちゃんが出現する。
怪しさ満点である。
無視したらよかったのだが、
最初に話を合わせてしまったのでずっとつきまとってきた。


この兄ちゃん、お前は京都出身だなとか、
YMCAに寄っただろう、など、
俺の身辺情報を立て続けに当ててくるので、
何だこいつスパイかとますます怪しくなる。


フェリーの券はここで買えるぜ、と連れて行かれたのは、
かなり怪しいほったて小屋だった。
まあ座れよ、と言って中に招き入れられる。
とりあえず話を聞く。
明日朝7時半の船に乗りたいんだけど
と言うと、兄ちゃんは40US$だと言う。
ガイドブックには35US$と書いてあるぞと言ったら、
5US$はPort taxだと言う。
いやTax込みで35US$でしょと、
ガイドブックを見せながら言ったら、制度が変わったんだと言う。


どうしても怪しいので、また来るよと言って立ち去るが、
兄ちゃんがついてきて別の場所に連れて行かれる。
そこにいたオヤジも、「チケットは40US$だ」と言うので、
兄ちゃんはそれみたことかという感じで見下してきた。
それでも怪しいので買うのをためらっていると、
兄ちゃんとオヤジは、
「よし分かった、オフィシャルなオフィスに連れてってやる」
と言いだした。


ついていってみると、オフィスは閉まっていた。
オヤジは閉まっている窓を叩いて係員を呼び出し、
パスポートを出せと言っている。
訳が分からず、呆然としていると、窓口に
「Port Tax is included in 35US$」
と書いてあるのを発見する。


兄ちゃんとオヤジに、ほら書いてあるじゃねえかと主張したら、
二人は、「そうだ、ファーストクラスは40US$だ」と答えた。


悲しくなって帰る。
500TShくらいならどうでもいいのだが、
ああいう奴が一人いるだけで、
タンザニア人全員が怪しく見えてしまうから嫌になる。


帰りがけにレストランに立ち寄る。
入ってから高そうな店だと分かった。
パッションフルーツのジュースとハンバーガーを注文して食べる。
とてもおいしかった。
4500TShくらいしたが、
パブリーにチップ込みで5000TSh払った。
ちょうど奴らにぼったくられそうになったのと同じくらいの金額だ。


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レストランのシェフ。若干やっつけ仕事


お腹いっぱいになってモンキーバナナを買い、
ダラダラ乗り場で道行く人々を眺めていると、
横から誰かが話しかけてきた。


DIFAいう、イギリス版JICAのタンザニア支店で働いてる人だった。
仕事帰りらしいが、人がいすぎてバスに乗れず、
人がいなくなるのを待っているようだ。
日本とタンザニアのこと、
お互いの仕事のことなどを深入りしない程度に話す。
名刺をもらったので今度メールしてみよう。
そういえば昨日買ったブレスレットをバスで早速無くした。
これも何かの縁だろうか。


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夜のダラダラ乗り場。金曜の夜で人いすぎ


そういえば、日中、町中でゴキブリを見つけた。
体調8センチくらいの茶羽のやつで、
いかにも南国にいそうな奴だった。
野外でゴキブリをみたのは初めてだった。


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ゴキブリ。わんぱくでもいい、たくましくそだってほしい

2006年04月02日

アフリカ紀行4日目:ガンギロンガでガンバルンバの巻

朝5時に大音量の謎の法話がかかり、
強制的に目が覚める。
おそらくイスラム教のものだと思われる。
散歩しようと思ったが、また寝て朝8時に起きる。
朝ご飯を食べに外出する。


最寄りの売店でクッキーを買ったら、普通においしかった。
別の食堂で朝食を食べる。チャパティとオムレツを注文する。
チャパティはインド風のパンなのだが、
これをチャイ(紅茶)と勘違いし、
チャパティがまだきてないぞとオヤジに抗議するも、
しばらくして自分の過ちに気付き、罪悪感を感じる。
謝ろうと思ったが急がしそうだったので退席する。
おじさんごめんなさい。
そのまま西のはずれまで歩いてみる。


朝から暑いが、座って休める場所が無い。
墓地らしき場所付近で座ってみるが、
暑かったのですぐに立ち上がり、ホテルに戻る。
戻ると、オーナーにお前の部屋の鍵が無いから困ってたんだと怒られる。
謝罪した後、居心地が良いのでもう一泊することにする。


12時くらいまで部屋で本と新聞を読む。
その後ガイドブックを開いて、Gangilonga Rockという、
この地域の名物っぽい場所に行ってみることにする。
ガイドブックには地図らしきものが無く、
どこをどう歩いたものか迷う。


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Gangilonga Rockに続くと思われる道


道行く人に「Jumbo」とスワヒリ語で挨拶をしてみると、
いろんなリアクションが返ってくる。
朝、歩いているときにおばちゃんから
スワヒリ語のフレーズブックを買ったので、
それを見ながらリアクションを分析してみたが、
たいていその本には載っていない、
あるいは聞き取れない言葉だった。


歩き回り、なんとなくGangilonga Rockっぽい場所に着いたが、
いまいち良く分からない。
車にのってやってきたおっさんに、
Rockはどこだと聞いたら、
このあたり一体が全部Rockだと言われる。
たしかに山に岩がたくさんある。


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Gangilonga Rockと思われる風景


おっさんは、お前はどこに行きたいのだと聞いてくる。
よければ俺の車に乗っていけよ、
という意味を言外に含んでいる感じだ。


白タクじゃないかと思ったので、警戒しつつ、
「僕はGangilonga Rockに行きたいだけなので結構です」
「Gangilonga Rockはここで、もう着いてるだろ、次どこ行くんだ」
「いや、僕はここに来たかっただけなので」
「だからもう着いてるだろ、ところで次はどこに行くんだ」
という、かなり不毛なやりとりを5回ほど繰り返した後、
おっさんは突然、
「Gangilonga Stoneというのがあるぜ」
と言い出した。


どうやら、Gangilonga Rockの中でも特に有名な岩のことを、
Gangilonga Stoneというらしい。


「この道をまっすぐ進めばあるぜ」と
おっさんが指差した方向は草むらであり、道など無かった。
「道ないじゃん」と抗議すると、
ばかやろう、細い道があるじゃねえかと
おっさんが主張してきたが、繰り返し抗議していると、
アマチュア向けの別のルートを教えてくれた。
お礼を言って別れる。


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おっさんは、家に帰っていった


教えられた道を歩いてみるが、いっこうにたどり着く気配がない。
というか、もしかしたら既に通り過ぎているのかもしれない。
道はどんどん草深くなってきて、
サンダルで歩く危険性を感じ始めたので引き返す。


帰りに映画館らしき建物を見つけた。


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映画のポスター。謎にHip Hopとか書いてある。なんの映画だ


途中でアクセサリー屋さんを見つけたので物色すると、
昔たこちゃんにもらったのと同じような
貝のブレスレットを見つける。これも何かの縁かと思い購入する。
値段を聞いたら1000TShだった。
ボラレている気もしたが気にせず買う。


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謎のおばちゃん


帰り道、すずしそうな場所を見つけたので、座って人間観察をする。
たまに話しかけられるので笑顔で対応する。


道行く人々を眺めながら、
アフリカの未来について考察をしてみたところ、
今の雰囲気を持ったまま発展してほしいなという結論に至った。
変にアメリカとかヨーロッパにかぶれたものではなく、
それを上手に取り入れつつ、独自の文化を大事にしてほしいという感じだ。


文化として一番目に触れるのは建物と、服装だと思う。
アフリカにある建物は、
普通の洋風建築のしょぼい感じのものであまり魅力がない。
かといって、伝統的な建物は土のかまくらみたいなもので、
これも魅力がない。


服装は、女の人が巻いている布はどれもあざやかでとてもキレイだ。
男の人が着ているのは普通のシャツとスラックスである。


アフリカから建築士とかデザイナーを輩出するというのが、
文化をつくる第一段階として重要そうだと感じた。
これは日本にもそのまま当てはまることなのだろう。
真のグローバリゼーションとは、没個性を助長するのではなく、
個性を世界に認めさせることなのだろうな。


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おされな姉ちゃん


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下校中の少年


そんな妄想にふけっていると、
15時くらいになっていたので、
立ち上がり、市場に向って歩いてみる。


体育館じみた建物の中にでかい市場を発見する。
雑然としており、かなりいい感じだ。
写真を撮ろうと思ったが、露骨にカメラを出すのは嫌なので、
上手に盗撮するために苦労する。


パイナップルとかココナッツも売っていて食べたかったが、
ナイフが無いのであきらめる。
トマトっぽい野菜を200TShで購入。
旅行では、バナナとオレンジとトマトとクッキーがあれば
生きていけるというのが持論である。


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イケてる市場

タンザニアには、携帯電話がかなり普及しているようだ。
固定電話よりも基地局などのインフラがつくりやすいから、
もしかしたら固定電話より先に携帯電話が普及しているのかもしれない。
見たところ、最も大きなキャリアは、CelTelという会社のようだ。
Vodacomという、ちょっとパクリっぽい会社もある。


celtel.jpg
CelTelホームページ。有望だと思う


携帯は、おっさんとか20代のおやじが良く持っている。
インターネットはまだまだのようで、
ネットカフェでも電話回線なみのスピードだ。
生まれた国が違うだけで、生活がこんなに違うんだよなあ、と実感する。

アフリカ紀行3日目:一人旅少女のオッパイを揉みかけるの巻

今僕が乗っているバスの隣には女の子が座っている。
母親らしき人物とバスの中で別れ、泣いている。
何かの理由で家族と離れることになるようだ。
何か声を掛けてあげたいが、言葉がわからない。
彼女は僕が何を言いたいか知らないだろう。
言葉が通じないというのは、そういうことなのだ。


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泣いていた女の子とは無関係の女の子


朝5時に目が覚める。痔は終焉を迎えたようだった。
朝6時半にチェックアウトする。
Iringaというマニアックな町に行ってみることにする。
バスの停留所まではダラダラ(ミニバス)に乗ってみることにする。
「Ubungo」とかかれたダラダラに乗れば良いらしいのだが、
見当たらない。
ウバンゴ、ウバンゴと連呼しながら
ダラダラ助手の兄ちゃんに聞いてみるが、
あっちへいけとうざがられる。


困って佇んでいたら、
ボブマーリーのパクリみたいなやつが近づいてくる。
スワヒリ語をしゃべるので何をいっているのか分からないが、
ただひとつ確かなのは、そいつがかなりフレンドリーな奴だということだ。
握手していったん別れた後、追いかけてウバンゴと言ってみると、
助手の兄ちゃんに聞いてまわって、
これに乗れと言ってくれた。ありがとうボブマーリー。
愛想の悪い兄ちゃんの運転でウバンゴに向かう。


バスを降りると2人の客引きが声を掛けてきた。
よくわからんのでとりあえずついていく。
どうやら2人は別のバス会社の人間らしく、
僕を巡って小競り合いを続けているようだ。
一触即発だったが、僕はフェアなので
最初に声を掛けてきたっぽい方についていく。
そしたらIringaまで16500TSh(1600円くらい)だといわれる。
高いよと言って立ち去ろうとしたら、
いくらなら払えるんだと言ってきた。ネパールと同じだ。
ガイドブックで、相場が10000TShだということを知っていたので、
10000TShまでなら払うと言ったら渋い顔をされたので、
また立ち去ろうとしたらOKだといわれた。ネパールと同じだ。


兄ちゃんに連れられてバス乗り場をさまよい、
このバスだと言われた後に、またどっかに連れて行かれる。
その後、バスの受付みたいなとこに連れて行かれて、
姉ちゃんがIringa行きのバスは8500TShよと言ってきた。
俺は10000TSh払ったぞと主張したら、
1500TSh返してくれた。
どうやら、10000TShのうち、1500TShは
客引きによる手数料だったようだ。
手数料をもらえなくなった客引きは、
焦って500TShよこせと言ってきた。
バス乗り場までのガイド代と勉強料ということでおとなしく渡す。
その後バスの中で出発を待っていたら、
最初に書いた女の子が乗ってきた。


女の子はバスが出発するまではずっと泣いていたが、
出発してからは泣き止んだ。
僕は窓際に座っていて、女の子はその隣の通路側に座っていた。
女の子が、バスの外にいる物売りから何かを買おうとして
身を乗り出したときに、ちょうど胸が僕の手の上にきて、
触ってしまった。
動かしたらぶっ飛ばされると思い、じっとしていた。
バスは快調に走るが、そういえば終点がどこかも、
何時につくかも聞いていなかった。


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途中の休憩所


途中、MIKUMI国立公園を横切る道があって
、野生動物を見られるということが書いてあったので楽しみにしていたが、
インパラっぽい動物しか見れずへこむ。


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途中で通ったMIKUMI国立公園の写真 なんだかよくわからない


途中Iringaと勘違いして2回ほど降りようとし、
間違いに気付いて席に引き返し、
隣の女の子と兄ちゃんに迷惑をかける。


結局終点がIringaだった。
バス停にたむろするタクシーの兄ちゃんをしかとしつつ、
うろつき、いい感じの宿に行く。
部屋を取って、ご飯を食べにいくことにする。


どこにしようか迷ったが、
一番いい感じだとガイドブックに載っていた店にいくと、
でかい男と女2人が英語で話をしている。
男はこの店の主人らしい。
そこに上品な女性がこどもを連れてやってきて、
4人で何かの話をして盛り上がっていた。
会話が速くて英語を聞き取れず、
黙々とウインターをほおばっていた。
全然だめだ。オランダの3ヶ月は何だったのか。

食後、インターネットカフェに寄って帰る。
日記を書き、本を読みながら寝る。
シャワーが水で寒かった。夜中に雨が降っていたみたいだ。


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ホテルの食堂


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見えないと思うけど、虫たかりまくり

2006年04月01日

アフリカ紀行2日目:機内でボブマーリーの大音量に悩まされるの巻

機内では隣の兄ちゃんが異常なほどでかい音で音楽を聴いている。
俺の座席に座っていたので勇気を出して主張すると譲ってくれた。
第一印象が「ぼこぼこにされる」だったので妙にいいやつだと思ってしまう。
兄ちゃんは引き続きボブマーリーを大音量で聞いている。早速耳栓の出番がきた。


エチオピア航空の客室乗務員ががめちゃくちゃ綺麗で見とれる。
アラブの血が混じっているようで、どことなく東洋的だ。
どうやら黒人といってもいろんな人がいるらしい。


寝て起きたら朝食で、エチオピアに着いた。
思ったより普通である。恵那とそう変わらない。
空港はゲートが5個くらいの小さなところだ。


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この直後に大行列が発生。警官が怖くて写真撮影できなかった


通路を歩いていたらいきなり行列が出来る。
アフリカは、「ポレポレ(ゆっくり)」なところだから
という話を聞いていたので、みんな歩くのが遅いだけだと思い、
行列を無視して進もうとしたら係員に追い返され、おとなしく並ぶ。
しかし5分後、搭乗券をもっているやつは先に進めと言われる。なんだよ。
トイレにいったらけつから血が出た。まだ痔のようだ。
土産物屋を5分で見終えて椅子に座って本を読む。
気付いたら搭乗時刻になっていて、
手荷物検査を受けていなかったので呼び出しを食らった。


座席に座ろうとしたらまた今回も別のやつが座っているので、
今回は強気で主張するも、どこも同じだから
空いているところに座れみたいなことを言われる。
彼は窓際で景色を楽しみたいのだろうということを思い、
仕方ないので譲ってやった。


キリマンジャロを経由してダルエスサラーム着。
キリマンジャロからは男が下りたので窓際に座る。
窓からバラック風の建物が見えて、アフリカっぽさを感じる。


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入国審査、この右隣のオヤジの手際が悪すぎ


空港について、入国審査を受けるが、並んでいる列が一向に進まない。
係のオヤジの手際が悪すぎるか、
審査を受けている男が危険人物か、多分前者だろう。
前に並んでいた女の人がしびれを切らして、別の列に移動した。
僕も怪しいオヤジに審査されるのは嫌だったので、
いったんトイレに行って別の列に並び直す。


審査を無事終えて入国。黒人ばっかりだ。
空港を出た瞬間にタクシーのオヤジにがっつかれる
ということは無かった。


エチオピア航空は航空券のリコンファームが推奨されているため、
空港で済ませてしまおうと思い、エチオピア航空のオフィスを探す。
警官っぽい人に聞いてみたら、どうやら空港内にあるみたいで、
パスをもらわないと行けないらしい。
インフォメーションに行き、パスをくださいと言うと、
パスポートを預けさせられる。


パスポートがないとリコンファームは出来ないんじゃないだろうか
という一抹の不安がよぎり、聞いてみたが、
大丈夫だといわれて引き下がる。


空港内に入り、エチオピア航空の事務員らしき男に
リコンファームをお願いしたら、パスポートがないとダメだと言われる。
パスポートはどこだと聞かれ、
インフォメーションに預けたと言ったら取ってこいと言われる。
パスポートとこのパスは引き換えだから無理だと言ったが、
そんなのおかまい無しにとってこいと言われる。
何だこれは、何の謎解きだ。ゼルダの伝説か?
めんどくさいので市内の事務所に行くことにする。


タクシーとかかれている机に兄ちゃんが集まっていたので、
市内までいくらだと聞いたら
15000Tsh(1500円くらい)と言われる。
高いよと言ったら12000Tshにしてやると言われる。
ダラダラ(ミニバス)があるとガイドブックに書いてあったので、
バス停の場所を聞いてみるが、知らんと一蹴される。
勝手がよくわからないので、タクシーに乗ろうと思い、お願いするが、
他にも方法がある気がしてきて、
やっぱりやめますと断る。


一人で空港の外に出てみたが、とても心細くなったため、
すぐに引き返し、さっきのタクシー机に行き、
やっぱり乗せてくれと言ったら
さっきの兄ちゃんに露骨に舌打ちをされる。ごめんよ。


車でエチオピア航空のオフィスまで連れて行ってもらう。
途中の景色が当初描いていたアフリカ像と一致しており、テンションがあがる。
しかし運転手の兄ちゃんはまだ機嫌が悪いみたいで、
2、3会話を交わすものの最後まで気まずいままだった。


エチオピア航空のオフィスでリコンファームをすませ、
ATMで金を下ろす。
ホテルを探してさまようが一向に見つからない。
人前で地図を広げるなというガイドブックの但し書きを鵜呑みにして、
銀行に逃げて地図を確かめる。


てゆうか暑い。長袖を脱ぐ。やっとホテルを見つけた。
部屋を見せろと言ったら見せてくれない。
キレイそうな場所だったので、ここでいいかと思い、部屋をとる。
入ってみたら、普通の部屋だった。


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泊まった部屋。いたって普通


とりあえずシャワーを浴びて、ライターと靴を買いに出かける。
観光客が全然いなくていい感じだ。
危ないという噂があったがそのような気配もない。
微妙にぼったくってくる気配はあるが。問題ない。
スーパーマーケットに入って物色し、盗撮する。外に出て物売りからバナナを買う。
そしたら別の物売りが集まってきて、謎の黒い物体を売りつけてきた。
パッションフルーツというやつらしい。
食えというので食ったらなかなかうまい。
うまいよというリアクションを取ると、
買え買えと言ってきたので5、6個買う。
暗くなってきたのでホテルに戻り、
シャワーを浴びて洗濯をして乾かしつつ、いつの間にか寝る。


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スーパーの鏡を利用して自分を盗撮

2006年03月30日

アフリカ紀行1日目 タクシーに大盤振る舞いでバブリーな出だしの巻

ニックで閉店間際に蚊取り線香を買い、
劇的ビフォアアフターを見ながら準備をする。
どうも荷物が少なくて不安なのだが、まあいいだろう。
9時過ぎくらいに家を出てバスで京都駅に向かう。
時計を見たら既に21:30を回っていた。
関空行きの電車は終電を残すのみとなってしまった。


大阪駅に着いたのが予定より5分遅れで、
やな予感を抱きつつダッシュで地下鉄に乗ったらこれも5分遅れ。
南海線についたが、関空行きの最終電車は5分前に出発してしまっていた。


駅員さんに聞いたら、
「あー終電いっちゃったね。
 行けるとこまでいってタクシーに乗るしかないね」
とのことだったので、
泉佐野まで電車で行って、そこからタクシーに乗った。
天気の話しかしない親父のタクシーである。
明日の大阪は最低気温3度ですわ、
と、今から飛行機に乗って国外逃亡するやつに話してどうすんだと
心の中でツッコミを入れつつ、
メーターはあえて見ないことにしてVIP気分を楽しむ。


空港らしい建物が見えてきたがなかなかたどり着かない。
どうしても気になったのでメーターを見たら
2500円くらいだった。おいおいマジかよ。
いくら深夜料金といっても高くねえか、しかもまだ着いてないし。。。
と今更いっても仕方ないので腹をくくる。


結局橋の料金込みで4210円だった。
俺はタンザニアまで9万円で行くのだ。
どうして最寄り駅から空港までに4210円も払わないといけないのだ。
してやったり顔の親父にあえて冷静さを装い10010円払ってやった。


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4210円の風景


エチオピア航空の航空券は
あまりにもしょぼい紙切れだったので不安だったが、
無事チェックインできた。
出国前に無駄にワイヤーロックと耳栓などを買う。
普段なら買わなかっただろうが、
さっきのタクシー代4210円で金銭感覚が狂った。


飛行機には残念ながらゲームなど無く、
両隣のオヤジの靴下が臭そうだったが気にせずに寝る。
とりあえず今の懸念事項としては、
若干痔気味なのと親不知が若干腫れていることと、
若干下痢気味なことだ。体調が悪い。


ほどなくして朝ご飯がやってきた。
めちゃくちゃ食べる。おいしい和食だった。
オランダに行って1年半、英語がすこぶる話せなくなったと、
乗務員の人たちと話してて感じた。しょぼい。


朝5時くらいにバンコク着。
次の便は20時間くらい後なのだが、
どこへ行ったら良いかわからず、
Transfer Officeというところに行ってみる。


カウンターの姉ちゃんにチケットを渡したら、
お前は今日は何するんだといわれる。
(次の便は日付が変わって次の日になる)
決めてないといったらあっちへ行けとめんどくさそうにいわれた。


タイに入国しても良いのかがよくわからず、
謎に包まれたまま付近のベンチで仮眠をとるが、
どうも暇なので入国して空港から出てみることにする。
入国審査で、10時間以上入国しないで空港にいたことを
姉ちゃんに怪しまれた。


バンコクでも行こうと思って鉄道を見たら、
めっちゃローカルな単線しかなさそうだった。
空港から直通の電車があったように思っていたが、
シンガポールと勘違いしていたようだ。
昔タイにきたときも電車乗ったなあと思い出しつつ、
10分ほど駅で黄昏れていたが、
暑いので空港に戻ってガイドブックを熟読し始める。
楽しみになってきた。


突然姉ちゃんが現れ、アンケートをとらせてくれと言ってきた、
わけわからんままにアンケートがスタート。
タイ旅行者に対するアンケートだったらしいが、
一日限りの滞在の俺に聞いてもなあ。。
と思っているうちにアンケート終了。
3分くらいで終わった、キャンドルをくれた。


お腹がすいていたので、シャワーもかねて再び駅に行くことにする。
10バーツでシャワーを浴びる。
浴びた後でおばちゃんにサンキューと言おうとしたら
話に夢中でしかとされる。


7時くらいまで本を読みながら、
目の前にある食堂に入るかどうか迷い続ける。
昔タイにきたとき、
同じような食堂でチャーハンを食べたら
辛すぎて死にそうになった記憶がよみがえったためだ。
しかしここまできて食べないのもいかがなものかと思い、
意を決して入ってみることにする。


豚肉チャーハンを注文した後、「NO Hot」と言ってみたが通じない。
姉ちゃんは勘違いしてコーラを持ってきそうになったのであきらめる。
5分後メニュー到着。見た目は普通だ。
食べる。辛くない。おいしかった。
ただ生のキュウリはやめておいた。ごめんよ姉ちゃん。


満足して金を払おうとしたら金がない。
どうやらどこかに落としたようだ。
仕方が無いのでATMでおろして払う。
余計なことで汗をかいた。シャワーもっと後にしたら良かった。


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Pork Fried Rice@食い終わり


空港に戻る前に周辺をうろついていると兄ちゃんに声をかけられる。
何か言った後に何かのカードを見せてきた。
どうせ風俗だろうと思い断る。
後で思い返したら、兄ちゃんは
「チ○ポ立てる?」といったんじゃないかと思う。


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「チ○ポ立てる?」後の風景


0時過ぎにチェックインして搭乗。
アディスアベバ行きの飛行機の乗客はほとんど黒人だった。
俺はアフリカに行くのだということを実感させられる。
機内に入ると黒人の視線が俺に集まり、異様な威圧感に教われる。
今にも囲まれてぼこぼこにされそうな被害妄想にかられる。
俺は生きて帰れるだろうかと不安になる。

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