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2004年11月01日

日記を読んでいただくにあたって

以下の2点にご注意してください。

1 もともと人に見せることを目的にした者ではないので、改行してません。
  みづらくてすんまそん

2 更新日時の関係上、古い日付ほど下にあります。
  みづらくてすんまそん

2004年10月21日

10月21日

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オランダでの実質最終日。部屋のチェックも難なく終わり学校に向かう。ここへきてモチベーションがだだ下がりし何をするでも無く過ごす。お別れを言うのは中々難しいなー。と思いつつ取りあえず帰り際みんなにさようならを言う。実験室に行ったらエディとサリムとメラーがいた。ここへ来てサリム饒舌になる。俺が車で迎えにいってやると豪語するので厚意に甘える事にする。後から思い出していつも遅刻しまくってるから不安になる。まー最後にもう一回信じてみよう。その後unionbarでjanaとpaulinaに会う。とりとめの無い話をしつつポーランド料理のレシピをゲットする。キスをして欲しかったのに日本風の挨拶をされてへこむ。今家にいるが荷物をまとめるでも無く机に向かっている。本当に実感がわかない。飛行機に乗ったら、あーあの写真撮っときゃ良かったーとか思うのだろう。今思えばあっという間であった。でもやっぱり長かった。最後まで俺の英語はくそであった。今俺の部屋の外ではアリとマリアーナとヘンドリックが飯を食っているが、もう一生見る事の無い光景なんだろう。そして彼らは俺が帰った後も399で飯を食い酒を飲みマリファナを吸うのだろう。人生とはそういう物だ。大げさな話だが、死ぬ時も多分こんな感じなんだろうな。世界は狭くなったと言うけれど、それでも世界は途方も無く広い。出会いと別れが入り交じって何ともいえない気持ちである。高揚というのはこういう気持ちを言うのかな。こんな感情は初めてだ。ただ忘れているだけなのかもしれない。こんな気持ちになるのは人生でもそう何回も無いであろう。俺は実はとても貴重な生活をしたんだなーと改めて思う。限られた時間の中で最大限の努力をしただろうか。そうは思わない。しかし努力だけでは分からない事も多く学んだような気になっている。人生を変えるような出会いも別れも無かったけど、とにかく俺の中に色んな時間がしみ込んだ。今目の前にあるものは全て当たり前の物だけど、24時間後には目の前から消える。そして長い時間が経てば頭の中からも消えていくかもしれない。でも彼らは俺の中で生き続けるでしょう。そして俺も彼らの中でこっそりといきていけたらいいなと思う。
from Portugal Rui Patricia Diana Papufa
from Spain(Catalonia) Edu Estera Laula
from Finland Juhha Jukka Junne Marijana
from Indonesia Alie
from Germany Sebastian Hendric(and his grilfrend)
from America Jessica
from Canada Gerrit
from Denmark Thour
from France Jeremi
from China Helen Robin Kelvin
from Chili(Bergium) Jaime
from Greece Pavlina
isabelle Akos Kin Matt Seppo Paulina Jana Johanness
Eddy Meller Salim Mark Roy Rob Ziad
その他オランダで出会った全ての人間へ
なんだか良く分からんけど、ありがとう。

2004年10月20日

10月20日

冷却水を改善しついにリアクターを動かす時が来た。ただ単に確認をするだけだったが実際に動いているのを見て非常に嬉しかった。思えば長い道程だった。ものを作るというのは思ったより遥かに難しくて時間がかかる。そしてものづくりの楽しさを少しくらいは感じる事が出来たかなと思う。5時前に帰宅して料理を作る。ケルビンとヘレンとディアナが手伝ってくれた。なかなか上手にできたのだがグダグダな感じで食事が始まりだいぶ余った。しょうがないので巻き寿司を作ってみる。誰も食後片付ける気配がないのでしょうがないから片付ける。アリが手伝ってくれた。欧米人はダメだ。エリックとかにサヨナラをいう。やはり実感がわかない。そして俺自身あさってここを去る事が信じられない。頭では分かっているのだがなんというか気持ちがついて来ない。長く居すぎたのかな。

2004年10月19日

10月19日

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アカサに乗り込んでこの請求書は何だと強気に出たら大学側の事務のシステムがおかしいから払わなくていいよと言われる。よかった。レポートを書きつつ昼にオープンマーケットに出かけ帰ってレポート、サリムが来て実験するぞと言われる。半信半疑で行ったらCOCO2測定器の確認をする。ここでポンプが正常に動作しない疑惑発覚。何だよ。エディに泣きついたが今からZiadと話があるから後にしろと言われる。レポートを書きながら待つもいつの間にかエディ帰宅。レポートは完成したがレポートは書こうと思えば日本でも書ける。今しか出来ない事をしようと思い、残り二日で実験を開始する事を企む。帰って食事、タコスがおいしかった。食後ヘレンの部屋に行き色々話す。実は彼女は就労経験があった。言葉の節々から中国帰りたいなーという気持ちが滲んでいなくもなかったが気にせず。取りあえず色々話が出来て良かった。部屋に戻ってVesting varにいくか迷うも取りあえず髪を切る。切ったら1時半だったので寝る。

2004年10月18日

10月18日

朝からレポートを書く。サリムが来て実験について喋る。今週中に実験をするのかしないのかはっきりしない野郎だ。午後に再び現れサイクロン出口からコンデンサーまでのシリコンチューブが良くないので金属のチューブにして断熱もしろと来た。念のためエディに聞いたらサリムに同じ事いったと言われる。疑ってすまん。サリムが明日実験を開始しないといけないというので完成させたらI am not sureとか言われる。どっちやねん!帰ったらヘレンが部屋に来てもいいかと聞いて来たので迎えたらプレゼントがあるといわれた。何かと思ったら中国語の栞みたいな紙を貰った。ありがたい言葉が書いてある。嬉しかった。しかしその後アカサからの手紙を見てびびる。289ユーロ未納。どういう事やねん!大学が払ってくれるんちゃうんかい!298の数字の意味する所が分からず悩むが取りあえず明日強気でアカサに乗り込む事に決め、レポートを書き筋トレをする。未納兄弟は勘弁だ。

2004年10月17日

10月17日

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12時くらいに起きて一時過ぎに買い物に行く。くそまずいドロップを購入した後あきへのお土産を探しに服を物色するも適当なものが見つからず結局キーホルダーを買う。アジアンスーパーマーケットで寿司を作りたいと言う人に色々聞かれる。うまく出来ただろうか。帰り際プーマの白い靴に一目惚れし買おうか迷ったが思い直してやめる。159ユーロやし。帰って飯を適当に食いつつパーティーに参加する。Papafaさんが来ていた。後ローラの姉ちゃんがきててめっちゃ可愛かった。皆にがっつかれていた。インド出身の青年がめっちゃ強引な踊りをしてくるのに皆軽く引いていた。途中謎のはや飲み競争が開催され、250mlを一気に飲んで速攻で吐いた。まさかオランダで吐く事になろうとは。。。5時半くらいに終了。警官が来てうるさいと怒られる。セバスチャンが謎に一人で掃除をしだしたので手伝おうとしたら帰れと一蹴される。

2004年10月16日

10月16日

12時くらいに起きて一時過ぎに買い物に行く。くそまずいドロップを購入した後あきへのお土産を探しに服を物色するも適当なものが見つからず結局キーホルダーを買う。アジアンスーパーマーケットで寿司を作りたいと言う人に色々聞かれる。うまく出来ただろうか。帰り際プーマの白い靴に一目惚れし買おうか迷ったが思い直してやめる。159ユーロやし。帰って飯を適当に食いつつパーティーに参加する。Papafaさんが来ていた。後ローラの姉ちゃんがきててめっちゃ可愛かった。皆にがっつかれていた。インド出身の青年がめっちゃ強引な踊りをしてくるのに皆軽く引いていた。途中謎のはや飲み競争が開催され、250mlを一気に飲んで速攻で吐いた。まさかオランダで吐く事になろうとは。。。5時半くらいに終了。警官が来てうるさいと怒られる。セバスチャンが謎に一人で掃除をしだしたので手伝おうとしたら帰れと一蹴される。

2004年10月15日

10月15日

午前中にほぼ装置完成、パソコンをするも飽きる。いつもの様にサリムは一瞬姿を現して消える。後はパソコンをして過ごす。主に研究の事を考える。夜にパーティーがあると思いきや雨が降っててみなだれだれでThourの部屋でだべっていた。何人かはマリファナを吸っていたが俺は丁重に断った。ジェルミが真剣な眼差しでマリファナをまいているのが印象的であった。好きで吸っている人間はいいがノリで吸っていそうな人間もいてどうかと思う。途中Ruiに日本での女の子へのアプローチの仕方を教えろと無茶な質問をされ戸惑う。

2004年10月14日

10月14日

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午前中にマークを捕まえCOCO2計測器の使い方を聞き、午後にいとう君からのメールに返信する為に一時帰宅。電話もする。午後は何か色んな人が来たので邪魔にならん様に机に座っていたらサリムが来てさぼっていると思われる。サリムはひとしきりマークと話した後いつの間にか消える。もっと俺と話しなさい。エディに聞きながら冷却水の配管を完成させる。今度こそ完成だ。微妙に水漏れするが許容範囲と解釈する。明日にでも実験可能だ、あんたが望むならと意味深なメールをサリムに送りつけ、おもむろに自分の研究に関連する論文を読む。細胞の接着性と超音波によって作られる2次元細胞凝集体の関係をフラクタル次元によって解析するという物で自分が注目している現象に近い事をやっていた。昔はこういう研究を見つけるとやばいかぶっていると思ったが最近はやった、仲間がいるという感じだ。それは俺が修士以降に再生医療に関する研究をする可能性が低いという事と、研究におけるリンゴの皮理論(今まで分かってる事のぎりぎり外側の研究が注目される研究である)に気づきはじめたからだろうか。どちらにしろそろそろ頭を再生医療にシフトしなければならない。夕食時に台所で土曜の飲み会について酒がどれだけ必要かという議論がされていた。いつもと同じ光景だが後一週間でもう一生見られないんだよなーと思いこっそりしんみりする。いつかは自分の国に帰る者同士が集まって一緒に生活し、家族の様に同じ時間を過ごすのはとても不思議だがとても居心地が良い。後一週間で帰るのだが全く実感がわかない。こちらの生活に慣れすぎただろうか。そして日本の生活もまだ日常として実感している。二つの日常が頭の中で交錯している。まわるまわるよ時代はまわる。喜び悲しみ繰り返し。今日は倒れた旅人達も生まれ変わって歩き出すよ〜。

2004年10月13日

10月13日

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エディに装置の設計について質問したらついでに色々買ってくるから足りない物を調べろみたいな事を言われ調べて渡す。昼過ぎまで待ってたが何の音沙汰もないので聞いたらもう買ったぞと言われる。クリスに聞けというので聞いたら普通に道具箱に入れてあった。なーんだろ。サリムがやって来てポンプはつかわねぇぞとかいわれ納得するもやっぱ使うんじゃねーのという疑念にかられる。冷却水どこから持ってくるか考えないといかんなーとかいいながら有耶無耶のまま去る。エディに冷却水の事とか聞きたかったけど他のでかい装置の修理に首っ丈だったので断念。明日にでも完成させようと思えば完成出来るんだが。半ば実験は諦めているのだが出来れば実際に動く所を見てみたい。

2004年10月12日

10月12日

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ロビンと台所で出会う。ティエンジャが久々に来ていた。見送りいらんというのはそういう事だったのか。良く分からんがロビンの部屋に押し掛けようとしたらヘレンが今急がしそうだと言う。何で忙しいんだと余計な心配をしつつもドアをノックしたら全裸のロビンが、出て来なくてちゃんと服を着ていた。CDを渡して写真を撮る。ティエンジャに撮ってもらおうという事になるが彼女は今忙しいみたいだというロビンに何で忙しいのかと余計な心配をしつつもセルフタイマーで撮る。握手してお別れ。彼とは個人的に色々話をしたので寂しいが最近はあまり会っていなかったのでそうでもなかった。最近別れが沢山あって感覚が麻痺している様だ。実験する気満々でサリムを待つも現れず、ふてくされ一時帰宅する。再びサリムを待っていたらエディの部屋からサリムの声が。何やら議論している。今日の実験に関する事に違いないとやる気を見せる為に実験室に先回りする。二人登場するも様子がおかしい。部屋をうろつ来ながら新しい道具を手に取っている。はっはーんまた実験装置の変更だなと、この時点でこのインターンで実験する事を諦める。二人の話を聞くにサイクロン後の気体を凝縮して何たらかんたら、俺は気体と液体を別々に回収したいのかなと思って聞いていたけど実際はガス中のCO、CO2、水の濃度を知りたいらしい。ガスを水冷したりポンプで気体を輸送して遠くの検出器に通したり、何やら大掛かりな変更である。実験が出来ないのは残念だがどうせ実験してもGCの事とかよう分からんのでまぁ出来る事をやろうと切り替える。思えば最初は放置プレイにひどく不満が溜まったが今ではこっちのペースに慣れてしまい自分から動く事を忘れていたのではなかろうかと思う。後7日ある。まがりなりにもリアクターを稼働させる所までは行けるかもしれない。いや、行くくらいの気概で行こう。

2004年10月11日

10月11日

祝日の続きのごとくパソコンをする。今直ぐにでも実験が出来そうな勢いの完成ぶりだがもう一回フィーダーのキャリブレーションをすると、バイオマス出て来ず。おいおい何だよと思いかき回してみるも出て来ず。湿り過ぎか静電気かよう分からんがモーターの速度を上げたらちゃんと出て来た。今までは起らなかったのが疑問であるが取りあえず明日実験するぞと豪語するサリム。毎度の事なので信用ならないが期待しつつ帰宅する。そういえば明日はロビンの最終日だ。ヘレン曰く見送りはいらんとの事であるが気にしない。CDでもあげよう。

2004年10月10日

10月10日

体育の日だけに昼くらいに部屋で筋トレ。体育の日なので夕方くらいに出かけようとするもめんどくさくてやめる。後はFEの勉強、就活、メール、ECT、いやETC。

2004年10月09日

10月9日

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昨晩ヘリックス、ユッカ、ジェリー(?カナディアン)と出かける。何かの企画かと思ったら突発的な企画だった。取りあえずバーに入ってビールを飲んでいたら一人の女がカウンターに立って踊りだす。おもろかったのと可愛かったので見ていたら友達らしき女の子が下りろというような素振りをみせていたがもっとやれとこっそり応援する。俺もカウンターに上がってみたが素無視されへこむ。突然一人の男がバーテンに絡みだし騒然となるも姉ちゃん踊り続ける。ルナティックに行ってみる。ディスコだった。踊ってみる。男4人でディスコにいるのは何とも虚しい。他の3人もそう思ったらしくヘリックスは女の子に絡みだすも素っ気ない態度を取られる。カナディアンは楽しみ方を知らないらしくきまり悪そうにたたずんでいた。ユッカは強引に他のグループに潜り込み上手い事やる。彼の踊りは下手くそだが男前パワーで頑張る。世の中ルックスだ。しかしトーク力を発揮出来ないディスコでは踊りとルックスが全てであり何とも不公平な場である。loser3人はディスコを後にしケバブらしき食い物を食って帰宅。3時就寝、謎に9時起床、FEの勉強をしてみる。工学系の科目を偉い事忘れていた。俺はだんだんアホになって来ている様だ。記憶力が低下している。一年前に勉強したのに。その後サッカーを見つつ飯を食い、就職情報を集める。総研系に興味を抱く。メーカにしてもシンクタンク系にしても、経営と技術の両方に携われる仕事に就きたい。

2004年10月08日

10月8日

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今日はサリムが現れなかった。予想通り何かしらの準備が整っていない様だ。しかし今日はイサベラの最終日だったので色々な話をする。昼食時にスイスチョコレートを頂く。外国のチョコレートは嫌いだったが美味しかった。イサベラに俺は企業にも興味があるといったら、私の親父も起業して、働きまくってるのを見てるから私は起業したいとは思わないといわれる。うーんやっぱり厳しいもんだ。イサベラは俺がオランダで会った人間の中で一番精神年齢が高く一番話の合う人間だった。俺のつたない英語も辛抱強く聞いてくれた。最後にヨーロッパ式の挨拶をしてお別れ。最後までスイスに来いと言われた。来週からは外国人は俺だけで、いやサリムとかいるけど、研修生は俺だけで、寂しいなーと。今はヨーロッパにいるからまた会えるような気がするが、日本に戻る時にはまた違うんかなー。とにかくイサベラとキーンに会えて良かった。また会えるといいなー。寂しさを紛らわす為に実験室に侵入しおもしろ写真を撮って帰る。

2004年10月07日

10月7日

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リアクターのチェックをしていたらサリム登場、歯切れ悪くグッジョブと言いつつもこれからミーティングがあるからといい去る。ははーんまだ用意出来てないな。そのミーティングには俺も参加してみた。富田研で言う抄読会みたいなので昼飯を食いながらやるという効率的な会議だ。しかしあまり音を立てるようなものは食えない。英語で発表し英語で質問し英語で答える人々。普通に見えるがすごいなー。母国語でも中々難しいのに。しかしここにいる人にすればこれが当たり前、俺も慣れた。人は環境で変わるもんやなー。昼過ぎにサリム再登場、ボスらしき人間を2人連れて来た。俺そっちのけでさも自分が作ったかの如く説明するサリム。俺に聞け俺に。でも実際聞かれたら困るので黙って見ていたら俺には一瞥もくれず帰るボス達。サリムも俺はハングリーだと言って去る。もっとましな言い訳をしなさい。5時過ぎにイサベラの家にいってピザを作る。ちっさいピザを作ってホットプレートの上で焼くと言う代物で、とても簡単で美味しかった。忘れないように書いておくと、イースト入りの小麦粉1kgに対して水500ml、オリーブオイル100ml。後はこねて生地(dough)を作る。酔いキャラが定着した俺は勧められるがままにワインを飲んで酔う。クローゼ?というイサベラに部屋を貸していた女性のトーク力が凄まじくマイガー、ヒヒ!を連発。予想通り途中から話について行けなくなり彼女の早口に酔いが回る。ピザが沢山ありすぎて半ば強制的に食わされる。ワインもついでに飲まされる。10時頃帰宅。Janaに火曜の飲みに参加しない事をなじられる。来週から行こう。

2004年10月06日

10月6日

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いつもの様に働く。11時にサリム登場、1時前に消える。飯を食いそびれる。4時に断熱がほぼ完成しエディの顔色をうかがうとサンプリングのとこにいちゃもんをつけられた。圧力損失が大きいとガスが漏れてくるらしい。大人しく従い直線上のものを作る。こないだは思いつかなかったサポートの仕方だったが同じ様な方法で実現出来る事に気づく。まんざら無駄でもなかった。ピザかって帰宅。

2004年10月05日

10月5日

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サイクロンを取り外してみたらまたも破損。やばい。しかし身に覚えが無いというかエディが緩衝剤なしでダイレクトにクランプを使ったのがまずかったのではと思う。しかし人のせいにしても仕方が無い。また足止めを食らうのが嫌だったのでなんとかごまかす方法を考える。はじめはなかったコトにして by 郷ひろみ としてしまおうと考えた。挟んでしまえば気づくまい。そして誰かが取り外した時に壊れた事にすれば良いのでは。と思うがおいおいこれじゃリコール隠しと同じじゃねぇかと思い、正直にエディに話す事に。お前のせいだと言える筈も無く、ガラス工場に行けと言われる。サリムに連絡しろと言われ恐る恐る電話するも留守電。単身工場に乗り込む。幸いスペアの部品があり午後には直せるとの事だ。正直ほっとしたが油断は出来ない。2時までやる事が無くサーフィンをする。2時過ぎに行ってみたら直っていた。しかしちょっと先が長くなっていた。まぁいいか。工場のおじさんありがとう。サリムに気づかれない事を願う。午前中の遅れを取り戻すべく働く。気づけば7時前。帰宅。皆でご飯。美味しい。また就職サイトを眺める。俺は一体何がしたいのか。自分でも分からない。コンサルに興味があるが、結局自分で何も作っていない所が引っかかる。本当に生き残って行けるのか。ベンチャーじみた所にも興味が無い訳ではないが、どうせなら自分で会社をおこしたい。それならば大きい会社で何かしらの種を見つけた方が良いのだろうか。と自分のキャリアについて思いを馳せるも収拾つかず。取りあえず思いつくままに興味のある会社をあげてみる。商社なんかも面白そうなのだが、結局の所卸売りで、実際にものを作っている訳ではない。実際にものを作っている会社で働きたいのだが研究職にはつきたいと思わない。色々な人間と関われる仕事がしたい。あー難しい。でも何にせよ面白そうだ。働きだしたらこんな長い事外国には来れないだろうなーと思うとこの時間の大切さが身にしみる思いである。

2004年10月04日

10月4日

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いつもの様に学校に行く。最近働くばかりで全く英語を話していない。未だにうんこみたいな英語を話す自分にうんざり。でも話すしかないです。ヒーターとリアクターの試験。おそるおそる温度を上げる。途中グリスこげる。使えねぇじゃん。エディに聞いた時は大丈夫だみたいな感じやったのに。こびりついた炭を取り除く。めんどくさい。ロイと五時頃ひとしきり話した後一人残って時テストをする。7時前にダッシュでスーパーに買い物に行き部屋に戻ったら自転車の鍵が無い事に気づく。チャリ置き場から戻るまでに紛失、んなあほな。オフィス、実験室、芝生をくまなく探すも無い。むかついて鍵を壊す事に。実験室から道具を持ち出し人前で開き直って泥棒の如く破壊に取りかかる。しかし金ノコでも切れない。途方に暮れる。取りあえず家に帰ろうと思った瞬間にゴミ箱をあさって見たら発見。オレオの袋と一緒に捨ててしまった様だ。もうオレオは食うなという事か。取りあえずあって良かった。自分の管理力の無さに呆然。

2004年10月03日

10月3日

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朝起きて残っていたソーセージとパンを盗み食いし、また寝る。起きてエリックとチャット、昨日の写真をみてみる。いい感じだ。その後ヘレンと話す。彼女は返信する前に次の話題に持ち込むので困る。俺のレスポンスが悪いのか。エリックの日記を読んだが、彼は相当へこんだに違いない。何か出来る事があればと、外国人インターン募集のサイトを探してみる。がその話題には触れない事にする。その後写真をアルバムまとめる。自分がデジカメを持っていなくても他の人がその写真をネットで公開してくれるのでありがたい。だらだらするのも中々いい。昨日のパーティーで俺の株がかなり上がったのか下がったのかは分からないがインパクトはあった様だ。カイネは今日もyou are the man of the partyを連発していた。
俺はオランダに来る前、英語圏の人間が羨ましかった。英語を勉強する必要がないんだから。しかしここに来て色んな人間とあって、英語圏の人間にも会って、俺は日本語を話せて良かったなと思う。何でかは良く分からんが。英語は今や世界語である。共通語である。ネィティブが何タラかんたらという人が沢山いるが、もちろん英語はそういう人たちの言葉をお手本にしないと行けないが、一口に英語といってもイギリス英語、アメリカ英語、ニュージーランド、カナダ、色々だ。地方によって方言もあるだろう。それの延長にポルトガル人が、スペイン人が、日本人が話す英語がある。今まで漠然と捉えていた「英語」というものはある種のイデアであり、英語を話す人間の数だけ英語はある。日本語しかり。俺は決してネィティブの英語を話す事は出来ないし、話せないし、話す必要も無い。そして「ネィティブの英語」はネイティブの数だけ存在する。俺がこの先どんだけ英語を勉強しても、それは可知直芳の英語でしかない。人間とのコミュニケーションの中で言葉というのは大きいけどそれが全てではない。人間と分かりあえる瞬間は言葉によってだけでは得られない。人を好きになったり魅力を感じたりするのはその人間の話す言葉が上手で流暢だからでは決してない。結局同じ時間を共有しなければ分かりあう事なんて出来ない。そして結局英語は世界の言葉の一言語でしかない。何が言いたいのか良く分からないのだが、上手い下手をひっくるめてそれが俺の英語であるという事だ。英語を話すという事は決して特別な事ではない。ようやくヨーロッパ人と同じスタートラインに立った。ただ彼らはずっと先にスタートを切っているが。そして俺が日本語を話すという事に何故か分からないが誇りを感じる。日本語とか日本料理とか、strange strangeと言われる程に誇らしくなる。何故だろう。

2004年10月02日

10月2日

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謎に10時くらいに起床しおもむろに就活サイトを見つつ、2時くらいに待ちに買い物に繰り出すも財布を忘れて引き返し再出発。町で399のメンツにであう。念願の巨大魚フライを3ユーロで購入。靴屋を捜すも見つからず失意のままウインドーショッピングを楽しむ。夜に再び町に繰り出す。最初にコンサートを見に行く。受付でオランダ語で何か言われ分かんないのでほっといたらちょっと大事な用事だった。どんまい。最初のバンド。ボーカルが直立不動で良く分からないがそれなりに楽しむ。その後1時間程休憩があり談笑した後メインらしきバンド登場。謎にバイオリンとチェロを弾いている。このバンドがくそつまらない難解な曲を連発するので寝そうになる。というか後ろの方の人間は曲そっちのけで話をしていた。バーかなんかと勘違いしている様だ。それともそんなもんなのだろうか。会場を後にしてエリックの家に向かう。コンサートは皆もあまり乗り切れなかった様だ。ルイが謎にハイテンションでアリを待っている間自転車を乗り回す。エリック家へ。中国人に話しかけたら冷たい対応を受ける。こいつは多分日本人が嫌いな様だ。エリックの友達のスペイン人が踊りまくっていたので近くに行って一緒に踊っていると先の中国人がやって来て一緒に踊りだす。一般にアジア系の人間は踊りが下手で、下手というか義務的に踊っている節がある。中国人にテンションで負けたくなかったのでこっちもあげてみる。途中テーブルに立たされ謎に脱がされる。パンツ一枚になった所でストップするもカイネにお前は男だと大変気に入られる。イタリア人とスペイン人に顔を主っきり近づけられて話しかけられる。うーん。そういえば今日エドゥの彼女と欧米式の挨拶をした。なかなか良かった。これからも多用して行こう。俺はもっといたかったのだが他のメンツが疲れているようで(昨日もパーティだった為)マカンドラ軍に押されたまま帰宅。やはりラテン系の人間はいい。大変気が合う。帰ってからもお前は男だとカイネに連発される。you are the man of man とfackinしか言わなくなったカイネにジェシカが若干あきれ顔だった。カイネに写真をみしてもらう。パンツのチャックが開いていたのでチンコがでていたらどうしようかと思ったがどうやら大丈夫な様だ。ソーセージをカイネに無理矢理進められて寝る。楽しかった。

2004年10月01日

10月1日

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イサベラ登校拒否で話し相手がおらず寂しく仕事をする。ヒーターのテストをしようとしたら突然温度がマイナスになりびびる。サリムは俺に仕事を押し付けとんずらする。残って原因を調べたら熱電対のケーブルが逆に繋がっている事が原因である事が判明する。続きは来週にして帰る。サリムは来週から実験開始だと意気込んでいた。再来週からか。

2004年09月30日

9月30日

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実験装置を掃除する。リアクターにヒーターを巻き、実験装置っぽくなって来た。サリムもご機嫌な様子で『ティーケー』(彼の母国語でOK)と連発していた。しかしventilationのとこで再びもめて直していたらいつの間にかサリム消える。俺も消える。今日はサッポとヨハネスに会える最後の日でビールを飲む。パウリーナは6時くらいにスーパーに買い物に行って帰って来た後10分程で帰ると言う相変わらず訳の分からない行動をしていた。細く長く飲むという事をしないらしい。7時くらいに帰る。早。サッポとは口数の少ない人間同士気が合ったのでいなくなると寂しい。マットもいないし、IAEASTE関連で酒を飲む事はもう無いであろう。イサベラとキーンが帰ったらほぼ俺一人だ。寂しさを噛み締めながら日本が恋しくなる。

2004年09月29日

9月29日

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segregation試験をする。午後にする。segregationは問題ない様だ。空気用の穴あけにしくじり空気もれ疑惑が流れたがごまかす。レポートは書かないつもりだったが自分の為にも書いてみる。自己満足のレポートにはせず実験を引き継ぐ人にとって役立つレポートを作りたい。と思いながら書いていたら7時半になったのであわてて帰る。Papufaさんが日本語のキーボードをみして欲しいというのでピアノの鍵盤の写真を送ってあげる。夕ご飯は和風のパスタ。意外に美味しかった。12時くらいからケビンらと話す。この下宿で窃盗まがいの事件が多発しているらしい。気をつけよう。ローラに若く見えるといったら半切れされた。語学力に関わらず人の精神年齢が分かって来た、ような気がする。

2004年09月28日

9月28日

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今日はIAESTEの連中に寿司を振る舞う予定で昼に買い物し4時過ぎに米を炊きに帰り仕事は無視だった。明日segregationの試験が出来るよう準備はした。パウリーナの部屋番号が分からず10分程うろつく。皆を働かせて7時頃食事。寿司とみそ汁と揚げなすを振る舞う。寿司は前回の方が上手く出来たが皆寿司を巻く体験を出来たのでよしとする。というか皆味のバランス無視で具を入れまくっていた。んー。今日でマットとはお別れである。最後まで彼の英語は難解だった。まともな挨拶も出来ず別れる。ここでは出会いと別れが多すぎて感覚が麻痺する。またすぐに会えるような感じで別れているが実際は一生会えないかもしれないのだ。一期一会。

2004年09月27日

9月27日

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segrigationのテストをしていたらフィーダーの軸とギアの間に粒が詰まって停止。直す。フィーダーのチェックをしていたら7時。筋トレしに行く。どうも皆赤い冊子を持っているようでインストラクターも俺の事を不審がっているようなのでとんずらする。お金払った証明書を紛失した、やばい。8時くらいにpapufaさんと初めてチャットをする。一方的にきられへこむ。10時くらいに飯を食おうとしたら何やらパーティがあるらしい。またかよ。誰かの誕生日らしい。またかよ。こういう環境にいると中国人が同じ国の人間のように親しい感じを受けるから不思議だ。エドゥの彼女はフランス語と英語がほぼネィティブでスペイン語,カタロニア語も話せてMBAの勉強をしている才女だった。体格厳ついのでなめていたがやるなぁ。

2004年09月26日

9月26日

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ドイツに行く。昨日あった面々が駅にいた。その中に明らかに学生には見えないおじさんがいて不審に思ったが後に彼は通りすがりのジェントルマンである事が判明する。車内でラテン系の人間に囲まれ、キスを人前でしない事について詰問を受ける。ドイツに着いたが日曜で店は閉まっており、オランダと特に違いはなかった。教会ー美術館ーSUBWAYー植物園ー教会ー教会ー帰宅。ピンチェピンチェと連呼するスペイン人がそこにいた。キーンに日本語を教える。ビール下さい、ごめんなさい、ちんちん、まじで等。オランダ帰国後パウリーナの家で夕食を食べた後帰宅。ワサビを炒飯とかにつけて食ってみたら意外と美味しくヤンネ(多分)が異常に気に入っていた。MYワサビを買う気だ。別れ際にラテン風のキスをちゅっとする挨拶を迫ろうか迷ったがやめて普通に別れる。最近イサベラとキーンとかエドゥとその彼女がいちゃついているのを見るとあきが恋しくなりちょっと辛い。

2004年09月25日

9月25日

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謎に9時に目が覚める。11時くらいに買い物へ。寿司を作る材料を買う。帰ったらリビングの片付けをしていたので手伝い、寿司を作り始める。巻くのが難しいが意外とまともな巻き寿司が出来た。6時前に会場入りし日本に対する誤解を招きかねない侍の似顔絵を描き客を待っていると開始15分でなくなる。おいおい。5合炊いたのに。というか大きくきりすぎた。しょうがないので他の国のを食べてみる。スリナムのケーキが好評だった。キーンの熱意に負けて明日ドイツに行く事に。写真をとるのを忘れた。どんまい。

2004年09月24日

9月24日

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アコス最終日。コーヒータイムにケーキを振る舞う奮発ぶり。あまり実感がわかない。バーナーを設置する。ヒーターOFFの状態でリアクターのテストをする。最初は流量が足りなかったせいか下に溜まってしまったが、流量を実験条件と同じにしてみると問題は解消された。実際にはノズル全開で無理矢理流したという感じだ。別にいいんだが。来週は粒子のsegrigation testを行い断熱材を設置してヒーターのテストをし、ベンチレーションをクリスに作ってもらって実験が出来るかどうかという感じだろう。実質後3週間なのだが実験出来るのだろうか。皆レポートを書いているが俺は書く気にならない。レポートに書くような事はまだしていないからだ。レポート書く暇があったら仕事をしたいというのが本音だ。レポートは建前でしかない。仕事の後bastilleに集合、インターナショナルクイズに参加するも思ったよりしょぼく難しすぎた。その後ただでビールを飲む。Mattは水曜に、サッポは金曜に発つらしい。寂しい。Mattに日本に帰る前にベルファストによれと言われる。密かに気に入られていたらしい。いつの間にかとても仲良くなっていた。相変わらず会話にはたまについていけないが。まだ9時だったので町で飲もうという話になったが遠くてめんどくさいので断って帰るとそこでもまたパーリィが繰り広げられる。ルイの友達の熊谷PAPUFAさんに会う。正直可愛かった。今まで外人は何とも思わなかったが。途中日本人2人に拉致される。陰で別のパーティーが。タバコかマリファナか分からんが何かを微妙に吸ったがむせてやめる。日本人と英語で話す。おかしな話だが日本語で話す事の方に違和感を感じた。スペイン人とかはスペイン語で話したりしてるのに日本人同士だと違和感を感じるのは頭の切り替えがめんどくさいからであろう。再びパーリィに戻るとカナダ人がフランス女性にがっついていた。「やつは今夜やる気だ」とベルギーガイにささやかれる。その後スペイングループのダンスに参加するも上手く踊れず断念。カラオケなら自信があるのだが。しかしラテン系の人間は踊りが上手いというか男はとくにリードが上手い。アジア圏の人間には不可能な芸当だ。

2004年09月23日

9月23日

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最近寒い。雨が軽く降っていたのでサンダルで投稿したら足の指がすれた。午前中は一人でガス取り出し口を作り、三時くらいにサリムが来てエディと相談。バーナーとベンチレーションが必要で装置が上へ上へと伸びる。まぁ下に伸びるよりは縁起がいい。サリムと今後やる事を確認して帰宅。明日はアコスとの最後の日である。実感がわかない。何か実験が出来そうかと聞いたら謎に言い訳を始める。7月から8月までエディがいなかったから何も出来なかったらしい。彼がどこまで積極的に働こうとしたかは謎だが大なり小なり真実であろう。17時に皆と写真を撮るんだと言い張るが遅れるかもしれないといったら不機嫌になる。てゆうか18時にしてくれ。自転車もちゃんと貰えるかが気になる所だ。奴の事だから直前にやっぱり無理だと言い出しかねない。

2004年09月22日

9月22日

珍しく午前中にサリム登場。リアクターを組み立てる。組み立ては基本的にサリムに任せる。壊したらシャレにならんし。。。実験の材料はほぼそろった。今月末までに実験を始められるらしい、というか始めないとあかんらしい。望む所である。最近仕事時間がとても短く感じる。もっと働きたい。

2004年09月21日

9月21日

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午前中はフィーダーの掃除をする。昨日歯車がぶっ壊れたがクリスが直してくれる。クリスはとても頼りになる。午後にサリムがリアクターを持って登場。取りあえずほっとする。しかしリアクターの固定の仕方がまた変わる。それに伴い新しい方法を一人考える。ヘレンの夕食作りを手伝う約束をしていたので6時半頃帰る。何をしたらいいか聞いても適当な返事で、かなりテンパっていた。料理はあまり得意でないっぽい。ロビンとことあるごとに口論し軽く切れている様に見えたが気にしない事にする。リビングには何故かプレステ2が。チキンをコーラで煮ていた。どういう事だ。あまり美味しくなかった。ロビンのチャイニーズの方が好きだ。やる事が増えて来て嬉しい。日本に帰ってからもやる事が沢山ありそうだ。研究、MOT、IAESTE、追いコン、あきと旅行。。。バイトの余地無し。大学1、2回の暇だった時期にもっと色々やっときゃ良かった。

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2004年09月20日

9月20日

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8時半に無理矢理起きる。朝からヒーターの安全装置を作る。昼ご飯時にイサベラに日本食を振る舞う事を約束する。昼過ぎにサリムがやって来て装置を作り出したので横やりを入れたい気持ちを抑えて黒子に徹する。サリム帰宅後バイオマスがヒーターから飛び出すか実験してたらモーター動いてるのにバイオマスが供給されなくなる。リアクターに続いて今度はヒーターかよとうんざりする。むかついて分解するとオイルが固まってるのがいけないような疑念にかられるが誰もいないので質問も出来ず帰る。スーパー閉まる直前だったのでダッシュで向かう。

2004年09月19日

9月19日

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朝8時半に起床、10時に朝飯を食い10時半にホステルをでる。近くにあったでかい建物に行ってみたら植物園だった。遠くに別の建物が見えアコスが行きたいと言い出す。遠いし同じような建物は他にもあるからやめようと諭すも多数決で行く事になるが、半分くらいのところでアコス泣き言をこぼす。これだよ。大きい通りに出て相談。博覧会跡地に行きたいというアコス。トラムはタダで乗れるからトラムで行こうと言うアコスにそれは間違っていると反論し切符を買わせようとしたが今日は特別に交通機関がタダである事が判明する。でかい分子を見た後おもむろにトラムで引き返す。この辺りから俺が道を先導し始める。アコスもようやく俺の実力に気づいた様で素直に従い始める。ただ地図は自分が持っているのがベストだと言い続けていた。中心部を歩き、チョコレートを買う。アコスは何を買うにも遅い。安いチョコレートを買いたいと言っていたと思ったらゴディバはどこだと言い始める。言っている事がめちゃくちゃである。サッポは取りあえず歩くのが好きで道を引き返す事を極度に嫌う。ピッテと言うアコス曰くギリシャのファストフードを食べて帰宅。ローゼンタールで電車待ちの時に街に繰り出し、時間やばいよと言う俺の忠告を無視して一蹴する。リアルにやばくなって来たので俺だけ走って事態の深刻さを伝える。彼らもようやく理解し走る。お陰で間に合う。車内でアコスに日本語について説明する。難しい。説明するたびに自分は日本語を全く分かっていないなと思う。11時帰宅。寝る。

2004年09月18日

9月18日

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朝6時起床、ベルギーに向け出発。昼頃Antwopen着、うろつく。ユダヤ人の正装がとても素敵だった。夕方ブリュッセル着。ホステルを探す。アコスの持っている地図に従い歩こうとしたら道が分からないらしい。道を確認して歩き始めるもどこで曲がるか分かっていないのに適当に歩き始める。こらこら。アコスが行った場所に行ったが見当たらない。するともしかしたら間違えたかもしれないと言い出した。そして忙しかったからと言い訳を始める。誰も責めてねぇだろ。それらしき通りを見つけ、アコスは方向音痴ではないかと言う疑念にかられ始めたので先導しようとしたらアコス不機嫌になる。道が分かっていないのにリーダーシップをとろうとする。自分が持っている地図がベストだと言い張る。飽きれはじめる。なんとかたどり着くも見当たらない。アコス一人でどっかに行く。収穫ゼロで戻ってくる。ホテルで道を教えてもらう。よく見たら予約の紙に最寄りのトラム駅が載っていた。ショック。二時間かけてようやく見つける。俺がホテルで
聞いたからだと得意になるアコス。勝手にしてくれ。9時に寄るご飯を食べに行く。するとろくに地図も見ずにトラムに乗り出す。無賃乗車を繰り返す。案の定迷う。考えてみたらアコスはハンガリー出身、彼にとってトラム網は複雑すぎるのだと言う事実に気づく。あまりの無計画さにどうでも良くなり、何も言わずに観察してやろうかという気になる。らちがあかないのでハンバーガー食おうよと言ったらピザを食いたいというアコス。それはどこにあるんだと行ったら分からないと言う。は?全く意味が分からない。奴の言う事は一切信用出来ない事が判明した。予測でしかものを言わない。そしてその予測は何の根拠もない。出発から90分、何とか目的地にたどり着いて遅い夕食。俺の機嫌直る。帰り道、俺の先導をいやがっていたアコスだが、観念してちょっと素直になる。サッポは只歩くのが好きみたいだった。そして彼も無計画だった。俺も無計画に歩くのは好きな方だと思っていたのだが彼らの謎の行動力にただ驚いた。深夜京大出身の女性2人と話す。とよひさ君の友達だった。寝ようとしたら別の日本人に捕まる。喋り方から関東出身と察知する。関東に行かなくて良かったと思おう瞬間である。典型的な日本人トラベラーという感じだった。俺には会いそうになかったので適当に話して別れる。

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2004年09月17日

9月17日

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気合いを入れてちょっと早起きするも結局いつもと同じ時間に大学着。安全装置作りに励む。午後圧力降下の原因についてミュラーと議論する。ヒーターのパイプの変な出っ張りのせいでパイプがつなげずクリスがやって来る月曜に持ち越し。夜はイサベラに誘われフォンヂューを食べに行く。臭みが強かったが癖になりそうな味だった。その後談笑。オランダ人の英語は早い。発音よいねと言われた。二回目である。日本人がいかに英語が下手くそか、またそう認識されているかが良く分かる。嬉しいが恥ずかしい。俺の英語がうんこな事は俺が一番分かっている。明日の為に早く寝る。皆はパーリィに行った。ちょっと羨ましかった。

2004年09月16日

9月16日

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スーパーでトマト等買って外に出たらチャリがない。あれ?盗まれた?そうです、盗まれました。鍵をしなかった俺が悪い。誰に行っても同情されなかった。1週間後にアコスが乗ってる大学のチャリをゲット出来るのでそれまでの辛抱だ。サリムとエディと話す。昨日と話が変わっている。俺の実験は水泡と化したらしい。今だに言いたい事を言い切れないのがとても腹立たしい。圧力センサーの使い方が分からずミュラーに聞いたら丁寧に教えてくれ、エディに掛け合ったら俺が同じ事いっただろとなじられる。俺の英語力にみなあきれている様に感じる。サリムにも軽く馬鹿にされているような気がしてならない。このままでは帰れないなと強く思う。言いたい事をいわない事が一番良くない様だ。分からなかったらはっきり言おう。それが結果的に理解しあえる一番の近道である。どんなに処理速度が早くて複雑な計算をこなせても、映像がしょぼかったら誰もそれがプレステ2だと分からない。俺の場合処理速度も遅いような気もするが。兎に角俺の目標はサリムをギャフンといわせる事だ。明日Eisaに聞いて5字以降も実験室に入れるカードをゲットし、何かしらの結果を出すまで実験してやる。環境が整ったら。。。いつになったらリアクターは返ってくるのか。あれが戻ってこないとどこかしら後ろめたく立場的にちょっと辛い。

2004年09月15日

9月15日

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クリスに助けてもらいつつ昨日与えられた課題を終え昼食後、いつものように眠くなり寝ていたら「あいつ寝てるぜ」みたいな事をひそひそ言われていたので飛び起きる。何気なく実験室に行ってみてエディにどうだと見せると、ヒーターに安全装置が必要だといいだす。もっと早くに言ってくれれば良かったのに。その為の測定をこなす。6時過ぎにも何となくアコスに付き合い7時頃帰宅。ディアナに日本語を教えてあげる。代わりにポルトガル語を教わる。彼女のフルネームは長かった。サッカーを見て就寝。週末はアコスサッポとブリュッセルに行く事に。

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2004年09月14日

9月14日

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午前中は語彙力補強にいそしむもなんだか虚しくなり昼ご飯を皆と食べる気にもなれず昼食時に外出。夕方サリム登場、エディとトーク。彼は俺が暇なのを心配してくれているのかさぼっているのが気に入らないかは分からないが取りあえずやる事がない事を憂いてくれているようだ。仕事を与えられるも五時近くで職人クリスもいないので出来るとこをやって事務所に戻るとアコスがエクセルと格闘していた。彼は帰国まで後2週間をきっており今頃尻に火がついたらしい。データのまとめ方で議論をする。良く分からない所で詰まっていた。問題解決するも「今日は疲れた」といって帰る。火ついてねぇじゃん。

2004年09月13日

9月13日

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今日も何もないかと思いきやサリムとエディと話す。サリムついにエディにリアクター壊したのを白状。壊したのは俺なんやが。取りあえずパソコンのセットアップが出来たのをサリムに見せて後は語彙を増やす勉強にいそしむ。皆で食事会が無くなったのでまたパスタピッツァの毎日になりそうな予感である。思った通り食事会は最初飛ばし過ぎであった。あんな調子で3ヶ月滞在の俺はまだしも1年近く住む彼らは持たないのは自明であった。今度は幾分力を抜いて再開される事を望む。しかし日本で一番有名な物は寿司である。皆美味しいと口を揃える。チャンスがあれば作ってあげたい。

2004年09月12日

9月12日

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9時起床。パソコンで勉強なりメールなりした後2時から4時まで寝る。いい休日だ。アリにサッカーに誘われ行ってみたらみんなインドネシア人だった。チャイニーズも巻き込んで11対11でサッカー。しんどい。キーパー代わってもらおうと思ったらキーパーなしのミニサッカーに。ミニなのに9対9くらいで混雑する。謎にゴールデンゴールを決める。最近語彙力に限界を感じているので英語の勉強をする。覚えた言葉をすぐ実践出来る環境にあるので効率的だが、問題は覚えた語彙を活用するようなアカデミックなトークを交わす相手をどうやって見つけるかである。

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2004年09月11日

9月11日

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同時テロから3年が経った。もう3年か。早いなぁ。あの映像を見た時には戦争が起こる事を覚悟していた。日本ももはや部外者ではないと思った。もし自分が招集を受けたら自分は行くだろうと思った。イラク戦争には賛成であった。誰かがやらねばやらない事だと思っていた。憲法9条を変える事に対しても賛成であった。今の日本はどこかで戦争が起こっている事を見て見ぬ振りをしているだけであると思った。現実から目を背けて空蝉の平和をうたっているだけだと思った。それならば自己を守る事を通して平和とは何かという事を考えた方がよっぽどいいと思った。あれから3年。未だにテロは起こり続けている。しかも民間人に近い所で起こる様になった。イラク戦争が正しかったのか間違っていたのかは分からない。たらればの話をしても何の意味も無い。ただあのとき自分が考えた事に対して疑問を持つ様になった。俺が正しいと思っていた戦争によって世界が平和になったかというとそんな事は決してない。色んな所で軍人だけでなく民間人が亡くなっている。結局力によってねじ伏せるようなやり方はどこかに歪みを残す。どんなやり方でも何かしらの歪みは残るのだろうが。ただ人の命は戻ってこない。自分の近しい人間を殺された悲しみは何を以てしても癒える事はない。悲しいが戦争がこの世から無くなる事は無いだろうと思う。それは歴史が物語っている。人間が2人いたら喧嘩が起こるのに、60億人もいる地球で争いが起こらない訳がない。ただ戦争による解決が一番良いのだろうか。世の中には話し手も分かりあえない相手がいるというのは事実だろう。そして暴力のない世界が平和かといえばそうでもないだろう。(子供を殴る親が減って来たのは今の世の中の一つの原因であると思う)。軍隊は必要な存在である。それは動物が身を守る術を持っているのと同じだ。今の日本も軍隊を持っている。憲法では戦力を持たないと言っている。でも今は解釈の問題で違反していないという事になっている。でも解釈の仕方によっては憲法違反である。それならば憲法を変えようよというのが憲法改正であると思う。以前は賛成であった。あまりにも曖昧であると思ったからだ。でも今は、嘘でもいいから戦争放棄という言葉を掲げていて欲しいと思う。これは甘い考えかもしれないが。軍隊とか警察という力がなければ人間は野蛮な生き物になるであろう。だから軍隊は必要だ。しかし例えそれが不可能でも、戦争放棄という言葉を掲げる事で戦争の抑止力になるのではないかと思う。書きながら考えがまとまらなくなって来た。政治家というのはこういう裏のある事実をもっともらしく公表しなければならないのだ。なんと大変な仕事であろうか。もう少し考えを纏めよう。取りあえず今の時点では憲法改正は反対である。
今日は朝からユトレヒトに行く。SMIT企画で25人くらいで行く。皆にただついて行っただけなので旅行という感じは全くなかったが、色々な話が出来て楽しかった。昼食が遅すぎてしかもどこで食うかグダグダになったのでかなりいらついた。グダグダは世界共通であった。昼食後も個人行動が出来なかったので皆を撒いて一人でうろついたりもした。10時前に帰宅。日本人と同じ事をするのは確実に勘弁だが、外国人と色々文化の話しとかしながらうろつくのは中々楽しい。ただ旅行ではない、散歩だ。

2004年09月10日

9月10日

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今日は一切実験をしなかった。自分のミスとはいえ何もしないのは後ろめたく、論文も読んでみるがいまいちピンと来ない。来週に期待。筋トレをして飯を適当に食う。皆での食事は一時中断らしい。再開するのかも分からん。リビングで皆と談笑。FRIENDSというアメリカのテレビを見る。早口すぎて全く分からなかったが皆理解しているようで笑っていた。これが現実。溝は思っていたよりでかかった。TOEIC何点とかいうレベルではない。彼らはどうやって英語を学んだのであろうか。日本の教育が間違っているのか、日本語圏であるが故の性か、分からないが取りあえず努力が足りないのは確かである。

2004年09月09日

9月9日

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ねぇちゃんの誕生日である。日本時間早朝にメールを送る。考えてみるとネェちゃんは留学経験があるし働いているし、あまり意識した事は無かったが人生の先輩なんだなーという気がした。実感は湧かないが。ねぇちゃんは留学経験を仕事にいかせていない事がコンプレックスだと言っていた。しかし人生の経験を直接生かせる事なんてそう無いであろう。だからと言って留学が無駄であった事は決して無く、回り回って何かしらで生きているはずである。多分そういう気づかない所の方が大切なんだろうと思う。しかし成果が形で現れるというのは自分を鼓舞する上で大事で、そういう意味で未だに訳の分からない英語をしゃべる自分が情けない。今日はパソコンのセッティングをし、6時からバーベキューをした。イサベラの彼氏のキ-ンは実は面白い奴だった。他の人物とも仲良くなれた。言葉というのは大事だが、話し手に伝えようという思いがあり、聞き手に聞いてあげようという思いがあれば、ある程度の語学力があれば意思の疎通は出来る。大事なのは伝えようとする事をあきらめない事と、相手を聞いてあげようという気にさせる事だ。後はある程度の文型とボキャブラリーがあればよい。しかし自分のしゃべる英語が、外人が喋る日本語のように聞こえているんだろうなーと思うとちょっとへこむが、伝える事を諦めてはいけない。

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2004年09月08日

9月8日

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パソコンのセッティングをしてみる。キーボードの規格が合わんのでミュラーに聞いたら早口で答えられ理解に困る。文献をひとしきり調べ帰宅。筋トレに行こうとしたらビーチバレーに誘われる。最初はつまらなかったがカナダ人と謎の中国人っぽい人が上手くて中々面白かった。ビーチバレー後カナダ人に話しかけられるも理解に困る。最近思うのだが俺が今早口だと思っている早さがネイティブの自然な早さではないか。だとしたらそれが聞き取れる様にならねばなるまい。無意識か意識的かは分からんが早口の人間を避けてしまいがちなので積極的に話してみよう。夜にパーリィ開催。黒か白の服しか来たらあかんらしい。上着はあったがズボンが無かったので白いタオルを巻いて見たらパトリシアに誉められた。ディアナとのツーショットをとってアコスらに自慢したろうと思ったが未遂に終わる。ここでもやはり早口軍団は避けてしまった。少しずつね,少しずつ。しかしカナダ帰りのケルビンはかなり早いので少し勉強になる。考えてみたら今まで日本で聞いていた英語はいわばプロの英語で、普通の人が話す英語はそれぞれ癖もあるし聞き取りにくい。そういうのに慣れないとコミュニケーションは難しい。日々精進。

2004年09月07日

9月7日

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朝からリアクターの設置にいそしむ。なんかヒーターとの接続が上手く行かんなーと思いフランジの締め付けを強めてたら「パキ」まさか。。。リアクターのフランジ部分破損。やばい。やり過ごす方法を考えるも思いつく訳も無くサリムに報告。Shitを連発されるも「心配するな」と優しい言葉をかけてくれる。優しいのかそうでないのかわからん。工場に行って修理を頼む。ここでサリムがオランダ語を話す事が判明。しかし修理は来週以降になるらしい。へこむ。ミスった事を悔やんでいてはダメだ、ミスした後どう対処するかが大事だと思いながらも1時間程へこむ。その後何故か気楽になり取りあえずできる事をする。インターンで1週間足止めを食らう事はかなり辛い。そして休みの計画をますます言い出しにくくなってしまった。まぁ仕方ない。本当の仕事でなくてよかったと思う。俺は行動力はあると思うが計画性が無い。そしてものの扱いが粗い。もっと慎重さを身につけねばならない。この失敗をどう生かすかが真価の問われる所である。取りあえず5時に帰宅して買い物をし、料理を作る。肉じゃが、揚げなす、ご飯、ハチトーである。アリとロビンが手伝ってくれた。20人分は中々大変である。二人とも肝心な所でいなかったりして何というか気の利かない奴らである。個人主義な代わりに自分が何ができるかという事をあまり考えない様だ。常に指示を求める。リーダーシップの問われる所だ。しかし俺は人を使う前に自分でやってしまう。めんどくさいのもあるが自分でやらないと気が済まない性格のせいでもある。取りあえず何とか完成し稜もギリで足りる。ハチトーは少なかったがアイスの稜でカバーする。意外と皆さん気に入ってくれたようでほっとした。

2004年09月06日

9月6日

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風邪はもう治りそうだ。サリムからメールが来ており今日こっちに来ると行っていたが来ないだろうと予想し買い物に出かける。晩ご飯を作らないといけないのだ。しかしオープンマーケットはやってなかった。鉄の棒が転がっていた。いくらやねん!アジアンスーパーマーケットに行ったら普通にみりんとか売っていた。ショック!なすが異常に高かった。帰って食材を台所に置いていたら今日はステラが作るとディアナが言った。誕生日だかららしい。良く分からんが明日作る事に。学校に戻ったらサリムが探していたと言われる。しまった。慌てて電話する。1時間後サリム登場。ひとしきり話した後去って行った。どうも俺といるのは好きではない様だ。6時過ぎまでリアクターの位置決めをしていたらドアが締まって開かない。誰かが出るのに便乗して回転扉を通ろうとしたら途中で止まり両方の出口を塞がれる。おいおい。何とか脱出。警備のおじさんに「6時になったら締まるんだよこの野郎」と怒られる。カードが欲しい。帰ってルイらとサッカーをする。劇疲れる。ルイを一度も抜けなかった。しかしあのグランドで3対3はきつい。

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2004年09月05日

9月5日

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起きたら鼻が詰まりまくっている。治っている証拠ではある。国立博物館、ハイネケンにいく。ハイネケンでグラスをお土産に買おうか迷っていたら帰りがけに只でくれた。蝋人形の館に行こうとしたら入場料23ユーロで諦めショッピングセンターで買い物をして何も買わずに終わる。疲れてホテルに戻り、6時前にインドネシア料理を食べに行く。この2日で俺はやはり団体行動が苦手である事が分かった。別れる時も特に寂しさは感じなかった。それは1ヶ月したら会えるからだ。オランダで会った人というのは大半がもう一生会う事は無い人だろう。そして俺はオランダを好きになってきている様だ。そして皆と仲良くなって来ている。帰りに電車がちょっとトラブったのだが、早くエンスヘーデに帰りてぇなぁと思った。ここを離れる時はすげぇ寂しいだろうなーと思う。というよりむしろ泣く程寂しい位の6週間を送りたい。

2004年09月04日

9月4日

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風邪気味の体でアムステルダムに向かう。のどはましになったから大丈夫だろう。11時くらいに着いて日本のスーパーに行こうとしたら全く場所が分からず、地図を買っても場所が分からず断念する。取り合えずセックス博物館に行ってみる。思った程ではなかった。無修正映像がガンガン流れていたが病気がちの俺にはお門違いであった。でかすぎるチンコのオブジェとか写真を撮った。現像してくれるだろうか。飾り窓を探しながらうろつく。彼女は川沿いに突然現れた。下着姿で微笑みかける。日本の風俗の様な後ろめたさは感じられない。何か知らんけど彼女らに力強さを感じた。しかし駅に向かうにつれ年齢層と体重が徐々に増加して行ったのには困った。2時くらいに駅で待つも一向に現れない。ホテルまで歩いてみる。ホテルにもいない。その内来るだろうとソファで待っていたが来ない。さすがに心配になり親父に電話する。電車が遅れているらしい。チェックインして待つ。登場。もう6時。飯食って寝る。

2004年09月03日

9月3日

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朝起きたら喉が痛い。昨日から少し痛かったのでそんな気はしていたが風邪を引いたようだ。そういえばうがいもろくにしていなかった。6月にヘルペスに見舞われてから健康の大切さを嫌という程味わったのにもう忘れている。人間てぇのは因果な生き物ですな。取りあえずサリムが現れない事をいい事にさぼる。帰ろうかと思ったがサリムにばれたらやばいので一応5時までいる。結局現れなかったが。帰って寝ようとするが寝れず無駄なネットサーフィンをする。夕食中アリの論文がNatureに載ったという知らせを受ける。筆頭ではなかったがNatureといえば誰もが認める一流雑誌である。すごい事だ。ちょっと読んでみたが良く分からない。さすがNature。暇があったらアリに色々聞いてみたい。取りあえず明日は朝からアムステルダムに行かねばならない。今日中に回復することを願う。

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2004年09月02日

9月2日

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サリム友達と登場。リアクターを持ってきた。いよいよ組み立てかと思ったら一人でやるな、明日俺と一緒にやるぞと言われる。はっはーん、来週やな。取りあえずパイプをつなげる。後はいつも通り。サリムに粒子速度について聞いてみたがそれは計算済みだと一蹴される。どうやって決めたのか教えて欲しいと言ったらリンクを転送すると言われたが音沙汰なし。はっはーん、来週やな。帰り際イサベラがどこへ行くかと思ったらBastilleに飯を食いに行くといい、誘われたが家で食べるよと言って断る。が、暇なので戻って探してみるも見つからず、図書館でFinancial Timesを読みながら寝る。夕食はジェシカが作った。美味しかった。最近気になるのは良く働く人間とそうでない人間がいる事だ。特にフィンランド3人野郎は全くと言っていい程働かない。俺が洗い物をしていたが誰も手伝いにこず、テレビを見ている野郎どもに手伝ってと言っても反応がなく、切れ気味に台所に戻ったらケビンとエドゥが手伝ってくれた。どうも皆協調性が無い。あんまりひどかったらちゃんと当番を決めてやろうかと思う。しかしいい加減人数は限界である。

2004年09月01日

9月1日

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11時くらいにサリムに電話すると実はこっそり実験装置を持ってきている事が判明。配置を考えといてといわれる。何て抽象的な課題だ。実験装置も取りあえず持ってきたという感じだ。この感じで行くとまともなデータを取るのはあきらめた方がいいかもしれない。ミュラーとマルクスにこの装置は何だと一緒に考えるが分からずじまい。今日も消化不良のまま研究室を後にする。家に帰って粒子の流れの計算をする。チューブは細い方がいい。色々考えると実験装置が整ってから実際にデータを取るまでに多分2、3週間かかるだろう。そして実験装置が完成するのに後2週間はかかるだろう。。。って、研修終わるやん!
夜御飯の準備、片付け係の頻度に差が出てきた。やる人とやらない人がいる。ちゃんと日にちを決めた方がいいかもしれない。

2004年08月31日

8月31日

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朝からサリムを待っていたが何の連絡も無い。昨日明日全ての準備が整うぞと豪語していたのだが。いつも大げさにいうので期待はしていなかったが完全放置とは。。。何のメリットも無い嘘である。国民性なのか個人の性格の問題かは分からないが慣れてしまった自分も悲しい。何もせず終わる。なんだかなー。サリムにとっては普通の日でも俺にとっては大変貴重な時間なのだが。明日の午前中までに何の連絡も無かったら電話しよう。家に帰るとペドロが料理をしていた。見守る。ディアナと両国の教育について語る。ディアナのいかりや長介みたいな顔が好きだ。フランス人のジェルミは顔を近づけて話す。キスするんじゃないかと思うくらいの距離である。夜は飲み会に参加する。イサベラとパウリーナは11時くらいに帰宅する。楽しいのだろうか。マットとアコスと色々話す。軽い下ネタも飛び出す。そして将来の話もちょっとした。アコスはドイツやイギリスで働きたいらしい。給料がいいから。インドと中国に着目していた。込み入った話はまだ出来ないがとても楽しくて時間が経つのがあっという間だった。来週も行こう。SMITの一人は日本に住んでいた事があるらしく日本の話で盛り上がる。風雲たけし城の話をまさかオランダで出来るとは思ってもいなかった。

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2004年08月30日

8月30日

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筋肉痛で眠い。寝る。サリムに電話したら数分で行くと言っておきながら電話の最後に30分後という。1時間後だなと解釈したら2時間くらい待たされた。殆ど昼前だ。振動に関しては問題ないと言っていた。昼休みに電話まだかと再度プレッシャーをかける。明日の朝やるらしい。ほんとかよ。昼はインターネットを見ながら軽くキャリブレーションをする。校正は飽きた。寝る。六時に帰る。マリアーナが料理を作っている。この女性が一番苦手だ。どう見ても俺の事を嫌っている様に見える。しかしヨーロッパの女性は腹が出ていようがいまいがへそだし満開である。すごい自信だ。しかし料理は美味しかった。フィンランドの40%の酒を調子に乗って酔っぱらう。ルイの物まねに爆笑していたら変人扱いされる。皆がマフィアゲームに興じている中寝る。すげぇ酔った。それにしても酔い過ぎである。ビール一本で酔う。寝てるとこをルイとトゥーリに撮られる。なんぼでもとってくれ。

2004年08月29日

8月29日

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夜更しがたたって9時半起床。どっかに出かけようとするもどこか乗り切れず、雨が降ってきたのを口実に外出はあきらめふて寝するがその後天気は回復しいわれの無い虚無感に苛まれる。インターネットで就職情報を調べる。コンサルティング会社に惹かれているが自分は果たして向いているだろうかという疑念にかられる。俺は合理的に物事を考えられる人間ではない。試行錯誤がただ。アングロサクソンには勝てない。ただ行動力はある。精神的タフさもあるが体力的タフさは無い。自分で考えるのは得意だがいわれたことをそれ以上にこなす自信もある。裏を返せばいわれた通りにやるのが嫌なのだと思う。製品の研究開発なんかだと気持ちが塞がるような気がする。とにかくもう少し勉強が必要だ。ただ俺は働くことがとても楽しみだ。会社の知名度よりも仕事内容で決める人間なのでどっかでは働かせてくれるだろうと思う。ドクターは多分行かない。自分は研究には向いていないと思う。研究職でいいと思うのはフレックスタイムに近いことと、私服で働けることだ。ただ世間一般の私服OKというのは無難な服なのでそこまでして私服を着たいとも思わない。
なんだかんだで7時。アリの食事の準備を何となく手伝う。今日は20人だった。日々人数が増していく。限界に近い。12時頃からエリックと話す。俺が話についていけてないことを見抜いている様だ。さすが鋭い。それとも俺が部屋にこもっていたからだろうか。その後ルイとパトリシアと話す。ポルトガル3人衆は陽気で好きだ。フランス人のジェルミも話しやすい。ただキスの挨拶は未だに何となく目をそらしてしまう。

2004年08月28日

8月28日

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朝10時前に起きて11時ちょっとすぎにロビンと買い物に出かける。買うのは今夜の食事の材料だ。春巻やら鶏肉やら買う。なんやかんやで帰ったら3時前、何やら台所を掃除している様だ。ちょっと手伝ってみるも入り込みきれず洗剤を買うついでに筋トレしにいったら閉まっていた。仕方なく帰って6時半から食事作り。ロビンがかなり水少なめで御飯を炊いていたが見事に固い御飯が出来る。無理矢理水を足してどうなるかと思ったら意外に大丈夫であった。春巻きは60個で3ユーロくらいなのだがかなり美味しかった。途中カナダ帰りのガイも加わり3人で作る。意外に好評であった。中国茶を振る舞ったがディアナは苦くて渋い顔をしていた。今日も酒盛りかと思ったら皆昨日の飲み会で疲れたようで大人しくしていた。俺が望んでいたまったりの時間だ。何かウノが始まりその後マフィアは誰だゲームをした。最初はゲームの内容が掴めず付いていけなかったがようやく分かってきた所でマフィアでないのにマフィアの振りをするという反則技をしでかす。難しいが面白い。日本人でも外国人でもお互いを理解するには時間を共有することが唯一の方法なんだなと感じた。

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2004年08月27日

8月27日

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サリムからメールが来て、俺の計測方法は間違っていると指摘される。んなあほなと思い真意を問いただしたら、体積比1:1で混ぜてたのを質量比1:1にしろとのことだ。しかし俺はサリムに体積比1:1で混ぜろと言われたと記憶している。フィーダーの流量はだから2倍になるんだよと言われたのだが。とこんな事を議論するのも時間の無駄なので素直に従う。3時から実験再開。6時に終わって図書館でデータを整理する。家に戻ると絡まれる可能性があったからだ。9時に帰って部屋にいたら忘れられて飯を先に食っていた。まぁええねんけど。そしてパーティー再び。どこからともなく人が湧いてくる。音楽がうるさい。音楽をかけたらいいと思っているあたりがちょっと違うなと感じさせる。アジア人何となく取り残される。俺は最初こういう次事態は語学力の問題だと思っていたのだがそうでもないらしい。カナダに6年留学していた香港の男性も取り残されていた。というかノリが違うという感じだろうか。何となく無理矢理盛り上がっているような感じがした。ポルトガル3人衆は楽しげだった。俺としてはどうやったら皆を楽しませる事が出来るかという事がいまいちつかめないのが乗り切れないところである。日本の笑いは通用しない。かといって気の利いたアメリカンジョークも言えず、仮に言えたとしてもあまり気が進むものではない。2時くらいに部屋にこもってまったりとした時間が来るのを寝ながら待っていたが結局寝てしまう。ヘリックスが"i want to sleep with you"の日本語訳を教えてくれと言われ、「一発やらせて」と答えたが合っていただろうか。

2004年08月26日

8月26日

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今日もサリムがいなかった。バイオマスと触媒の混合物のの振動による分離の試験をする。昼休みにイサベラと政治の話をする。難しい事を言おうとすると文法がめちゃくちゃだが、イサベラは理解してくれる。やさしい人である。アコスはずっと明日から行くロンドンの調べ物をしていた。お前は旅行をしにここに来ているのかと行ってやりたかったが言葉が見つからず断念する。食後、午前中にやっていた実験が無駄であった事に気づき愕然。気を取り直して再実験。6時までやる。イサベラも6時まで実験をしていた。彼女はまじめな人間で話が合う。部屋に戻るとアコスがまだいた。案の定旅行の調べ物だ。勝手にしやがれい。
家に帰ると静かだ。壁に金曜にパーティだと書いてあった。あほか。8時頃やつら帰宅する。10時半にパーティーにかり出される。ロビンと二人はぐれて帰ろうかと思ったが皆を発見、取りあえず踊ってみる。アメリカンのジェシカに顔を思いっきり近づけられて写真を撮られてびっくりする。そしてロイは踊りが上手だった。遊び慣れている様だ。彼には勝てそうも無い。そしてジェシカはそんなロイを気に入った様だ。俺も何か女の子と踊ってみる。ぎこちない。ジェシカは怖くて近づけなかった。しかしパーティーというのはひたすら踊るだけなのか。デスコだ。俺にはいまいち楽しさが分からない。世の中にはもっと楽しい事があるのになぁと思う。こんだけパーティーがあるのは新歓の時期という事もあるが、他に娯楽が無いからというのもあるのではないかと思った。少なくとも亜細亜人の俺には理解しがたい物がある。同じアジアンのアリも踊っていたがぎこちなかった。意外な事にスペイン人も踊りが苦手そうだった。こっそりとんずらして帰る。ねよ。

2004年08月25日

8月25日

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起きたら9時だった。寝すぎた。取りあえずサリムがいないので温度計をなんとかしようとするもどうにも分からずミュラーに頼むとメーカーに電話して何とかしてくれた。ありがたい。ミュラーはいい人だがいかんせんしゃべるのが早い。部屋で報告書を書いているとサリム出現。触媒と同じ比重の粒をくれる。報告書を書いていたのをさぼっていたと思われた様だが気にしない事にする。準備に時間がかかって実験を始めるのが5時からになった。イサベラも実験をしていた。俺の上司は厳しくないかと聞いてきた。スィアットに比べたら厳しいだろうが俺としてはもっと厳しくても構わない。彼女はスィアットの放置プレイにちょっと不満があるらしい。そしてアコスのダメだしをしていた。俺も彼はダメだと思う。言われた事以上の事をやろうとしない。人を使うのが下手な人間と言われたことしかしない人間。日本と同じだ。家に帰ったら新住人登場。フランス人のジャミー君だ。ラテン系だけにフレンドリーだ。そしておしゃれだ。多分。皆の飯を作るのはいいが食べる時間が遅すぎる。食事開始が九時半だ。あと凝り過ぎだ。最初飛ばしすぎると後々グダグダになる可能盛大だ。おかげでイサベラらとの待ち合わせに間に合わず、取りあえず行ってみるも会えるはずも無く、コンサートを聞いて帰る。ルイ達に会わない様に裏道を通って帰る。俺はあまり賑やかな所は得意でない。自分が主役でない限りは。明日はちゃんと皆と合流しようっと。

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2004年08月24日

8月24日

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昨日の筋トレの疲れで異常に眠い。仕事が無いのを口実に寝る。フィーダーに触媒とバイオマス混ぜたら振動で触媒下に沈む疑惑発覚。サリムにメールをする。実は彼も把握してたらしい。夜御飯はドイツ3人組が作った。キャベツが酸っぱすぎるが完食する。昨日のライスにリアクションを取りすぎたらしくお米大好きキャラになってしまった。まぁいいか。食後ドイツの強い酒を飲む。エリックが「これは無理だ」と連呼していた。ポルトガルでは乾杯はチンチンと言うことにエリックが反応していた。勉強熱心な奴だ。俺もちょっとだけ飲んだのだが予想以上に酔った。疲れていたのもあるが自分でもびっくり。俺こんなに弱かったかなー。顔が赤いのを皆に心配される。キャンパス内で飲み会があったが断って寝る。もともと気が進まなかったのでいい言い訳となる。

2004年08月23日

8月23日

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キャリブレーションの結果をサリムと話し合う。かなり低い電圧で稼働するっぽい。サリムがpyrolysis kineticsを知っているかと聞いてきたので文献で見た事あると言ったら、「恥ずかしがらないで知らないなら知らないと言ってご覧」と諭す様に言われ知らないと答える。すると勝ち誇った様に関係する文献を探し始めた。しかしグーグル検索だ。しかもキーボードを人差し指のみで打っている。しかも何故か PDFに変換している。しかも20分くらいかかった。よく分からない。昼ご飯を食べにいくとスィアットと俺とオランダ人で、しかもスィアットは5分くらいで帰っていった。残された俺は全く分からないオランダ語の会話に付合わされたまらず退席する。午後はフィーダーにN2を通すか通さないかでもめる。通さないと酸素が混入し、通すと気体の流れでフィーダーが上手く稼働しない可能性がある。サリムは通せと言ったが彼が実は良く分かってない事は知っているのでエディにすかさず聞いたら通さんでええと一蹴され素直に従う。バイオマスの体積の減少分だけフィーダーの先端に繋がったノズルからN2が流入するからだそうだ。フィーダーのとこにN2で満たされたビニール袋をバッファとしてつけたらどうかとエディに言ったらそんなのいらんとまた一蹴された。温度センサの故障に気づいたサリムだが知らないうちに消える。なんだよ。俺も帰る。筋トレをしにいく。帰ってきたらセバスチャンたちが大量に食料を買っている。彼らの中で係を決めて食事を作るつもりなのだろう。めんどくさいので俺はいいやと思って御飯を作りに台所に行ったらディアナとパトリシアがいて俺を含め全員の分の御飯を作っているらしい。俺もいつか作らなあかんらしい。めんどくせぇと思っていたがこれが中々ナイスな企画だった。やはり皆で御飯を食べるのは楽しい。スペインガイが108に登場、これで全室うまった。後カリフォルニアからいかにもアメリカンな女性が出現。彼女のジョークを理解出来ず語学力の無さを露呈する。英語圏の人物は皆自分の母国語に合わせてくれるからとても楽で言いなと思っていたが、ここにいるのは殆どが非英語圏の人間で、にもかかわらず英語で何不自由無くコミュニケーションを取っている(ように見える)。ネィティブがマイノリティーの世界。でも英語をしゃべる世界。彼女はどう感じるんだろうか。でも他言語を勉強しようとは多分思わないやろうが。それにしてもすごい環境だ。誰が何人なんてもう全く気にならない。こんなナイスな環境に住ませてくれた IAESTEに感謝したい。

2004年08月22日

8月22日

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一時くらいに筋トレしにいったら既に閉まっていた。どんまい。
その後はニュースを見つつ、6時にビーチバレーをする。前回より人数が多かったが締まらない試合となる。一人(名前忘れた、年齢不詳)派手な短パンに Hong Kongと書かれたシャツという奇抜な格好をした青年がいてかなりださかったがイタリア出身と分かりこれがファッションの本場かと思い直す。実際どうなのかは分からない。家に戻ったらポルトガルの女の子が2人登場。男ども盛り上がる。2人は男5女2の状況にちょっと警戒気味だ。何はともあれ賑やかになった。会話には困らないだろう、多分。しかし未だに英語のジョークの面白さが伝わってこない。皆にノリ突っ込みを教えたい。

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2004年08月21日

8月21日

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朝からレポートをやる。3時頃買い物に行く。サンダルと台所用品と食料を買う。帰ってオリンピックを見ながらレポートをする。男子400メートルメドレーリレーで日本が銅メダルを取った。ちょっと感動した。オランダにいるけど色んな所で日本を感じる事が出来る。音楽とかネットとか。でも日本にいる人間には会えない。それを考えると何とも言えず寂しい。帰る場所がある、待っていてくれる人がいるというのはとても幸せな事だ。俺は日本人として、オランダで後 60日勉学に励んでみよう。ロビンが言っていたがもうすぐ夏が終わるらしい。既に肌寒い。今年は夏を満喫出来なかった。タイでも行くか、それか真冬に南半球。

2004年08月20日

8月20日

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フィーダーのキャリブレーションをする。電圧が不安定なのでサリムに報告に行ったらいない。仕方なく計測を続けていたら4時前に片付けが始まる。おいおい5時までやろうよと思っていたら月曜に掃除屋さんが来るらしく片付けるらしい。1時間掃除をする。しかしミュラーは早口だ。早すぎる。聞き返しても早いのでしばしば適当に返事をする。困ったもんだ。帰ったらルイ3人衆がだべっている。こいつらは学校に行っているのだろうか。今日もパーティーに行くらしい。台所が汚い。奴らの仕業だ。掃除をしろと切れようと思ったら片付いた。適当なのかそうでないのかわからん。後はデザインシステム学のレポートを書く。というか分からん。明日やろう。ビーサンの鼻緒が切れた。新しいのを買わねば。最近テレビをルイに占拠されているので困る。奴らはオリンピックに興味が無いらしくホームコメディーを見てはチャンエルを変える。まぁテレビを見てもホッケーとかしかやって無いんやが。。。日本帰ったらオリンピック総集編とかの DVD買おうかな。こういうときに限って日本好調やし。中日然り。

2004年08月19日

8月19日

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ようやく計測らしい計測をする。といってもノズルの流量のキャリブレーションだが。3週間経ってやっとだ。何はともあれ実験が出来る事が嬉しかった。帰ったらルイにバレーボールに誘われる。5人でビーチバレーをするも皆へたくそで話にならない。セバスチャンが運動音痴である事が発覚。どこの国でもいるらしい。ヨーロッパ人は皆サッカーが上手なもんだと思っていたがそうでもないらしい。日本人が皆柔道が出来ると思っているようなだったのだろう。22時半からパーリィに誘われていて迷っていたが行く事にする。オランダに来て、言語の壁は勿論あるが何というか波長の合う人間がいない。文化の違いかもしれないがそれにしても皆遊び過ぎである気がしてならない。もっと深い話が出来る人間が一人でも入ればと思う。もしかしたらそういう人に会えるかもしれないという期待で行った。
結果、くそつまらん事が判明。オランダでいうパーティは音楽に合わせて踊る事らしい。一体何が楽しいのか意味不明である。同じTシャツを着て行動を共にする学生がいたので彼らはイベントのスタッフかなと聞いたらそうではなくて一種のサークルらしい。新歓なのでアピールしているらしい。テニスサークルのウインドブレーカーみたいなもんか。日本の学生とそんなに変わらない。酒を飲んで騒ぐ。楽しみ方がちょっと異なるだけだ。その音楽も知らない曲ばっかりなので乗り切れず、30分で飽きた。すると変な親父が現れた。酒でか麻薬でかは分からないが明らかにラリっている。色んな人に絡んでいる。面白そうだったのでこっちに来て欲しかったが来てくれなかった。自分から行ってもめんどくさい事になったら嫌だったのでやめておいた。あの人が一番面白かった。一番楽しいのは歌ってる人に違いない。何というか、人を楽しませると言う精神が無い。オナニー的である。俺が楽しめないのは国民性の違いではなく性格の問題であると思う。もうパーティには行くまいと決意する。少なくともパーティの場で素敵な人物と知り合える事は期待すまい。いつの日かこれが楽しいと思える日が来るだろうか。別に来なくてもいいけど。尊敬出来る人物に出会いたい。必ずいるはずだ。エリックみたいな変態が。

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2004年08月18日

8月18日

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サリムが来ない。昼になっても来ない。放置プレイ炸裂。信頼されているのかいないのか。しょうがないのでエディに聞いて出来る事をやる。明日にはノズルのキャリブレーションが出来そうだ。
今日は日本料理を振る舞う予定だったが話が噛み合ずパウリーナがすでにポーランド料理を作っていた。俺としてはある意味助かった。だしが無かったから。探すかおかんに持ってきてもらうかしてその内作ってあげたい。食後は色んな話をする。スイスは何故EUに入らないか、ポーランド情勢。話に付いていけない時があったが分かった振りをしていたら話を振られて頑張って話す。皆英語が上手で、あまりしゃべらない(英会話が得意でないかもともと無口かは分からん)人もマットのもごもごした英語を理解出来る様だ。もっと滑舌良くしゃべって欲しい。英語とドイツ語は違うとかいう話もしていたが、日本人から見ればお互いに近しい言語であり英語習得の観点から言えば俺らより有利である事は間違いない。皆がどれくらい英語を勉強しているのかを知りたい。しかし英語はあくまでもツールである。言葉が通じなくても心は多分伝わる。というかっこいい言い訳を考えた。でもほんとだと思う。帰り際に雨。短パンノースリーブの小学生スタイルでさっそうと帰る。寒かった。

2004年08月17日

8月17日

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今日も大工仕事が待っていた。バイオマスフィーダーを置く為の棚を作る。勝手に道具を集めてやっていたらこっちにしろと言われ変える。サリムに「クールクール」と言われ終了。一応作業は進んでいるが俺はここに大工仕事をしにきている訳ではない。これも研修の内ではあるのだが。早く実験がしたい。その結果について英語でどこまで議論出来るかが楽しみだ。昼休みにイザベらと日本料理の為の買い物に行く。やはりジャパニーズスーパーではなくアジアンスーパーだった。みそ汁はインスタントの奴があったので明日作ると安請け合いする。帰ってレシピを調べたらやはりだしがいるらしい。やばい。油もオリーブオイルしか無かったら困る。でも調べたらオリーブオイルと醤油は合うらしい。めんどくさいので明日考えよう。

2004年08月16日

8月16日

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木にワックスじみた物を塗って穴をあけてねじ止め。それが今日の仕事。意外に時間がかかった。俺は要領が悪い。昨日振り返って分かったが俺の生き方もどうやらその様だ。一貫性が無い。見聞を広げると言えば聞こえはいいが。勢い余ってオランダの僻地にいます。見聞は広がっているとは思うが、アングロサクソンには勝てないだろう。同じ事をして勝つ事は無理なんだが、言語の壁があるので。だからまぁいいか。給料は月300ユーロだった。家賃は払ってもらってるからまあいいか。多分1ヶ月200ユーロあればやっていけるので問題ないだろう。セバスチャンはベジタリアンだった。宗教上の理由かと聞いたら単なる趣味らしい。俺はベジタリアンというのは何らかのポリシーを持っている人(殺生を嫌う人とか)だと思っていたが、まぁ彼なりのポリシーはあるだろうが、ただ好きだからというのにはびっくり。まぁいいんやが。そして新しい住人登場。ロイ、ポルトガル出身。ポルトガル発音でホゥイみたいな。サッカーのルールは単純だよと言ったらそんな事無いと軽く切れられる。夜御飯は魚の冷凍フライとポテトチップスと言う最悪のコンビネーションを食っていた。トマトあげるよと言ったらいらんと一蹴された。テレビのチャンネルを変えまくる。ラテン系なのかマイペースなのか現代っ子なのか分からない奴だ。しかしドイツ人とポルトガル人と中国人と英語で会話するという事は23年生きてきてなかった訳だが、もはや何とも思わない。郷に入れば郷に従え。最近簡単な英語ですます癖がついてきたのでもっとアカデミックな英語を使えるように努力しよう。そしてちょっと怠け癖がついてきた。もっと精進せねば。しかし面白い環境だ。そういえば研修生にインターナショナルクッキングと称して日本料理を振る舞わねばならない疑惑が発生。みそ汁と生姜焼きでもつくるか。そして更に住人が増えるらしい。食事の当番なんかも決めた方がいいかもしれない。

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2004年08月15日

8月15日

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終戦記念日である。靖国神社参拝問題が毎年のごとく取り上げられていた。俺は靖国神社に公人が参拝する事は賛成である。国の為に命を落とした方々の心の拠り所が靖国であったという。国家を担う人間としてその様な場所に参拝する事は当然である。
この日は同時にインドの独立記念日であるらしい。しかしセレモニー中に爆発があり15人の子供が亡くなったらしい。スーダンの難民問題も深刻である。今この瞬間にも飢えで寝られない人がいる。それを考えると自分の境遇がなんと幸せであるかを感じずにはいられない。人間は欲望を抑える事を学ばないといけないだろう。それが人類の発展を妨げる物であっても。
そんなことを考えながらオレオを食し二度寝、11時前に起床、部屋の掃除をする。後はインターネットで情報収集、英語の勉強少々。自己分析の一環として自分の歴史を振り返ってみる。改めて見返すと、俺は変な人間だなーと思う。自分が一体どこに向かおうとしているのかが掴めない。ただ自分は人を傷つけて沢山後悔をして、思い出したくないような事もして、くだらない事を沢山して場数を踏んだと言う自負がある。色んなコンプレックスをはねのけていく人生であるなぁと感じる。一つ一つの物事に対して後悔はつきないが自分の歩いてきた道は間違いではないと思う。というか人生に間違った道など無い。というかどんな道を選ぼうともその道を自分の望む道に変える自信がある。
新しい住人がやってきた、セバスチャン(ドイツ)。英語はあまり得意でない。お互い切磋琢磨して、深い話を出来たらいいなぁ。4人で掃除当番を決める。俺は成り行きでお金管理係に。会計は苦手なんだが。

2004年08月14日

8月14日

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10時過ぎにチャリを直してもらいに行く。普通のアパートの中に自転車屋出現。45ユーロのチャリを買う。足ブレーキがついている。カブみたいだ。11時に大学正門前集合であったが時間は11時20分、家に帰って買い物をし、筋トレしに行ったら閉まっていた。どんまい。張り切って新自転車で待ちに繰り出す。初めて自転車を買ってもらった小学生の様だ。アジアンスーパーマーケットに行って怪しげな出前一丁を買い、日用雑貨店でワックスとすきばさみとハーバルエッセンスを買う。満足して帰宅。後はオリンピックを見る。途中ロビンと一緒に見る。アムステルダムに行く時は誘ってくれと言われる。飾り窓が見たいらしい。意外にスケベなやつだ。後中国語には敬語が無い事が発覚。意外だ。もらったワインが甘すぎて辛かった。最近はオレオにはまっている。グローバル企業は文化の画一化の原因であるから好きではないが、自分が外国に来て日本にいた時と同じ味のものがあるのは何とも言えない安心感である。皮肉である。

2004年08月13日

8月13日

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朝からイサベラとアコスで文化トークをして有意義な時間を過ごしていたらサリーが現れた。サリーは実際はサリムである事が判明。こういう時に限って脱放置プレイである。ノズルのキャリブレーションを頼まれるもその後エディに装置を全部組んでからにしろと言われサリムにそういったらじゃあそうしてと言われる。さてはこいつも分かってないなと悟る。マルクに聞いてチューブに穴をあけてもらうとエディとサリムが現れて実験装置の配置について話しだした。そういう大事な話はもっと早くにしなさい。取りあえず配置は決まり、木の板にニスを塗って終わる。帰りがけにアコスに明日の湖に着いて誘われる。自転車を買いに行くから無理だと言っても引き下がらないのでタイヤの空気が無いんだと言ったら(空気を入れようとしたら逆に抜けた)、事務の兄ちゃんに空気入れを借りに行く親切さ。正直あまり乗り気でなかったのでありがた迷惑となる。俺の自転車はかなり特殊なようで普通の空気入れでは入らずアコス断念。ほっとする。もし明日チャリが買えたら行くからと言って別れる。スーパーで買い物しようとしたら6時過ぎてしまっている。もうちょっと働こうよ。帰ってオリンピックの開会式を見ているとロビンがやってきて一緒に見る。色々話す。中国と台湾の関係に着いて話した。今台湾が独立を宣言したら戦争になるだろうと言っていた。んな大げさなと思ったが関係は複雑らしい。でも現在の軍備強化は牽制であり実際に戦争は起こらないであろうと思う。起こらない事を期待したい。ロビンも戦争は嫌だと言っていた。他にも色々な話をする。彼の英語はかなり聞き取りにくく会話が噛み合ない事が多々あったがなんとか乗り切る。ワインを飲んで就寝。少しずつ皆と親しくなれている気がする。洗濯したらティッシュ入れっぱなしで困った。

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2004年08月12日

8月12日

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朝からHengeloの警察に行こうと思ったら大学に書類を置いたままなのに気づく。どんまい。毎日チャリに乗っているのでなんかしんどい。予定から3分過ぎに警察着。この警察には3回来ているがいつ来ても変なにおいがする。手続きは3分で終了した。帰りがけに電話を買って帰る。12時に大学着。皆で飯を食う。俺の英語は上手くなっているのかよくわからない。話す相手による。もともとそんなに積極的に話しかける方ではないので話題に困る時がある。これは日本でもよくある事で、話したい事があれば話しているような気がする。まぁこんなもんか。住む環境によって常識というのは全く違うが、それに順応することは俺にとってはそんなに大変ではない。元々人の嗜好なんかには干渉しない主義であるので、あーこの人はこういう人なのかと、それで終わりである。オランダが自分に合っているというのもあるかもしれない。そんな感じで昼食を終え、実験室へ。サリはいないようだ。色んな人に聞きながら装置を組む。やはり俺の英語はなっていない。バイオマスのフィーダーの稼働に成功。一人喜ぶ。しかしキャリブレーションの仕方が分からない。サリーはやるべき事は教えてくれるがどういう風にやるのかとかそういう事を一切教えてくれない。仕方無いのでEddyに聞こうとしたら誰かと話し込んでおり聞けずじまい。5時に帰る。全く遅々としている。これでいいのだろうか。もっと働きたい。やはり俺は日本人のようだ。

2004年08月11日

8月11日

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初めて雨が降る。結構激しい。ウインドブレーカーを着るも意味なし。大学で着替える。今日は実験の準備をする。ところが作業が遅々として一向に進まない。サリーは取りあえず材料だけ集めてうろついている。どうしたらいいのかが分からないのだろうか。誰かに聞けよ。たまりかねて何をすればいいか聞くと、導線をコンセントにつなぐ作業を命じられる。やっていたら取り上げられて自分でやっていた。相当信頼が無いらしい。コンセント1つ完成させたところで休憩に入り戻ってこないサリーをほっておいて装置の確認をする。やる気があるのか無いのか。俺の事が嫌いなんだろうか。取りあえず終了。機械実用便覧を持ってきたら良かった。5時から他の研修生と会う。構内の店が閉まっており町中まで出る事に。段取り悪いな。町でもどこに入るか迷う。段取り悪いな。ようやく座る。当然飯を食うもんだと思ったが誰も頼まない。ヨーロッパではこれが普通らしい。言語の話をする。フィンランド人のサッポは欧米人にしては英語が多分得意ではなく、無口な方で何となく気が合う。途中トークについて行けず「腹減ったなぁ」とばかり話す。九時に帰宅、アリとサッカーをしていると謎のオランダ人現る。エリックと言って日本語が出来るらしい。来週あたりから渋谷で1年インターンをするらしい。ドイツ語スペイン語ポルトガル語も出来るらしい。変態である。日本の映画の話で盛り上がる。日本で有名なのはやはりアニメでだいたい知っている。エリックはマニアックで「ラヂオの時間」が好きらしい。300GbyteのHDに曲やプロモを入れまくっている。変態である。1時頃まで付合ったが全く終わる気配がないので帰る。しかしすごい奴だ。世界にはやっぱりすごい奴が沢山いるなぁと思った。トリリンガルなんてざらにいる。そんな人らに勝つには英語を話せる事ではなく英語で何が出来るか、語学力だけでは出来ないものを身につけねばなるまい。そして第3言語を学ぶなら間違いなく中国語を選ぶべきだ。中国語は欧米人には理解不能である。取りあえず変態に出会えてよかった。渋谷でエリックと酒でも酌み交わしたいものである。

2004年08月10日

8月10日

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大学に行ったらサリムがいない。しょうがないので昨日の文献を読む。半頁読んだらサッポが来て話す。コーヒーブレイクらしい。再び半頁読んだら昼食に誘われ一緒に食べる。ヨルダン人のスィエットに中国ブーイング事件を説明ししようと試みるも上手く伝わったかは不明だ。放置プレイにかこつけて下宿に電話を引いてもらいにいくと口座を開く必要があったのでそのまま市内に行く。ついでに携帯電話を買ってみる。しかし国際フリーダイアルにかけられない事が判明し3分で返品する。ついでに自転車屋を探してたが見つからず、大学に戻ったら4時半。大学は住みやすいが町まで遠くことあるごとに時間を取られる。ジムの入場カードを2ヶ月25ユーロで買ったが何回行けるだろうか。一応大学に戻るとサリーが探していたぞと言われる。やばい。ダッシュで向かう。大丈夫だった。放置プレイかと思ってそれなりの対策を練っていたが明日やる事をリストアップしてくれていた。俄然やる気が出る。別に雑用でも構わないが、出来るだけ深くプロジェクトに関わってやろうと決意する。がっついて行こう。しかし時間を上手く使わないと、出来る事もできなくなるなぁ。

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2004年08月09日

8月9日

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午前中にHengeloの警察に行ったら木曜にもう一回来いと言われた。店もまだ閉まっていた。どんまい。
インターンの責任者に初めて会う。ブレマーさんだ。バイオマスの熱分解と触媒の影響みたいな事に関しての研究らしい。やる気を見せたが専攻は何だと言われ、医療工学ですと答えたら、何だよ使えねぇなぁという雰囲気を醸し出される。その人にインド人を紹介される。サリーさんという人だ。研究に関して教えてもらう。「英語が早かったらいつでも言ってね」と優しげに言うがなめられているようだ。その後工場みたいなところに向かう。俺そっちのけで話す。何となく分かるがよく分からない。トーク終了後、「俺は日本の企業で流体力学に関するインターンを経験している」とアピールするも流される。昼食後再びサリーのもとに行くとブレマーと話している。取りあえず一緒になって聞く。やっぱり分からない。実験に関してよく分かっていない上に英語の専門用語も理解できず、二人とも訛が強い(これは言い訳だが)、三重苦である。取りあえず質問をしてみるも全く的外れの質問のようで、回答もよくわからないまま終わる。思ったより大変である。取りあえずサリーに頼んで関係する文献をもらう。何故かキレかけている。俺のせいかとも思ったが気にしない事にする。アコスに弱音を吐くと「まだ1日目だから当たり前だ」と言われる。言われてみればそうだ。取りあえずプロジェクトに関する知識を深める事と、専門知識を伴う英会話を円滑に出来るようにせねばならない。そうしないと的を得た質問が浮かばず、またそれを正確に表現出来ないからだ。俺はかなりなめられているようだがこれくらいで丁度良い。少しづつ信頼を得られるように精進する次第である。そして自分の出来る事、やりたい事、貢献出来る事をアピール出来るようになろう。
高ければ高い壁の方が登った時気持ちいいもんな~ byミスチル。

2004年08月08日

8月8日

チャリで駅前に行ってみる。昨日より激しく店が閉まりまくっている。買い物もくそもない。しょうがないのでその辺を散策してみる。色んな店があった。しかし平日は6時まで大学で、その後来ても閉店してて、土日は店開いてないし・・・いつ来たらええんじゃ!
駅のベンチで飯を食いながら色々考える。

オランダにあって日本に無いもの。
黒人:ジャマイカンっぽい人からラジカセかついでる系の人まで。勇気をもっていつか話しかけてボブマーリーの話題で盛り上がってみたい
蜂:謎に多い。いつさされるか不安でしょうがない
コーヒーショップ:麻薬を置いてある店、入ってないです
女性の腕毛:金髪なので剃ってないだけだと思うがちょっと気になる

日本にあってオランダに無いもの。
ゴキブリ:台所とか結構汚いのに何故かいない。見たこと無いだけなのかもしれない
ビニール袋:皆鞄にダイレクトに入れたり段ボールに入れてもって帰る
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自販機:駅前とかにちょっとあるけど異常に高い。しかも炭酸飲料しか売っていない。コーラ350ml200円くらい
コンビニ:24時間空いている店なんて無い
カラオケ:多分ない
キャバクラ:多分ない。風俗というか売春宿はあると思うがまだ見ていない

日本にいた時からこれはいらねぇだろと思っていたものがオランダには無い。とても共感できる。でもカラオケは欲しい。
日本ではコンビニとかが向かい合わせであったり、食料にしても衣服にしても取りあえず供給過剰だと思う。競争が激しくて、だからサービスも過剰になって、それ故に企業同士が切磋琢磨して結果的に高い経済力、技術力をもっているのかもしれないが、なんかちょっと違うんじゃないかなという思いが日本にいた時からずっとあった。中国も多分日本と同じような発展をしているだろう。これは恐ろしいことだ。
オランダでは土日に店は開いていない。就労時間も少ない。ここはそんなに大きい町ではないから、もしかしたらアムステルダムとか言ったらまた違うのかもしれないが、少なくとも日本に比べたらそうであろう。いつ買い物するのか不思議であるが、それが生活に必要なものであればどうにかして買うのだろう。休日はみんな休むものだという考えの違いもあるかもしれないがそれだけではない気がする。
日本みたいに同じような店が増えてくると、客を競合先から持ってくる為に色んな努力をする。それが差別化戦略である。その一環として営業時間が長くなっていく。消費者は消費者で自分の仕事の競合と争う為に働く時間が増えるから、夜遅くとか休日しか買い物が出来なくなる。要するに日本には会社が多すぎるのだと思う。ものがありすぎる。
日本における国民1人あたりのGNPは3万6千US$でオランダは2万4千US$である。数字で見れば明らかに日本の方が豊かだ。でもこの1万2千US$に、果たしてどれだけの価値があるのだろうか。
新しく需要を創出しないと会社としてやって行けないから、そうしないと経済が破綻するから、皆ブレーキを踏めない、いわばチキンレースで勝ち取った1万2千US$のような気がする。どちらが幸せだとかそういう問題ではないし、そんなことは誰も分からない。この考えを進めて行き着くのは共産主義であり、それが良いとも思わない。要はバランスの問題だ。少なくとも僕にとってはオランダの方が自分の感覚に合うところが多い。
そんな様なことを駅のベンチで考えた。
3時頃戻ると大学のそばにサッカー場があることに気づく。いってみると何かやっているみたいだ。ただで入れそうだったので観客席に行ってみるとチアガールが踊っていた。シーズン開幕のセレモニーみたいで試合は無いらしい。端の方にこっそり座ってみる。皆赤いシャツを着ていたが今日のシャツは黄色であり、しばかれないかと不安になる。選手が出てきた。皆歌いだす。サッカースタジアムに来ること自体が初めてだったのでびびる。キーパーのユニホームが黄色だったので安心する。しかしのりが悪いとしばかれそうな気がして、取りあえず拍手をする。最後にテーマソングみたいなのが響き渡り、観客総立ち。立つタイミングを失い座ったままで見る。端っこで良かった。しかししきりを挟んだ、多分有料席の兄ちゃんがフェンスをガンガンたたいている。座っているのにきれられても嫌なので立ってみる。セレモニー終了。帰り際かつあげに遭わないかと不安だったが大丈夫であった。映画館みたいなところに自販機があったのでリプトンのアイスティーを買う。飲んだらシュワ~、炭酸入りだ。どういうことだ。フライドポテトを買ったらマヨネーズをかけられそうになった。明日まで飲み物が足りるか不安である。スイス人のねえちゃんとかは普通に水道水を飲んでいるのでピンチになったらトライしてみよう。

2004年08月07日

8月7日

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午後二時前に買い物に出かけようとしたら同じアパートの中国人に会う。二時からアジアカップ決勝をテレビでやるらしい。中国ブーイング事件もあって一緒に見るのは何となく気が引けたが、中国の女の子も交えて三人で見る。二人はピザとビールを用意してくれていた。おいしい。ピザが一枚余って何となく遠慮していたら誰も食べずに下げられる。食べた方が良かったのかなあ。
そして日本先制。予想通り喜びづらい。その後中国追い付く。何となくほっとする。前半終了。ハーフタイム中に二人の名前を教えてもらう。親睦を深めた所で試合再開。日本追加点、そして駄目押し。二人がっかり。試合終了。「おめでとう」と沈んだ声で言われリアクションに困る。「中国はこれからもっと強くなるよよ」とか言おうとも思ったが上から物を言っているようなのでやめる。国際交流は難しい。
4時半くらいにチャリで隣町に行ってみる。カフェだかパブだか以外はどこも閉まっている。休日に閉めていつ稼ぐんだよと思ったがそういうものなんだろうか。カフェ以外は人影が見当たらない。他の人は何をしているのか謎である。ベンチに座っていると教会の鐘が鳴る。日本には無い光景に、遠くへ来たもんだなぁとしみじみ思う。なんというか、色んな意味で日本より余裕があるなぁと思う。人間もそうだし町並みもそうだし。日本人から見るとちょっともどかしいとい感じもする。取りあえず出来るだけ沢山のものを持って帰ろうと心に決めて帰宅する。

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野口聡一さんも行きました 国際NPO IAESTEでいく海外研修

2004年08月06日

8月6日

一日研究に関する資料を読む。直属の上司が9日まで夏休みの為だ。英語の文献を読むのはどこまで頭に入っているかが分からなくて困る。単語がわかっても文として理解できるか、文が分かっても内容として理解できるか、言語としてどれだけ正確に捉えることが出来ているかに集中する必要があるので内容としての理解の到達度が把握しづらい。
人と話す時でもそうで、たまに良く分からなくても適当に流してしまう時がある。日本でもたまにやるのだが。加えて自分の言いたいことをうまく表現しきれないのでフラストレーションが溜まる。がんばらんとなー。

2004年08月05日

8月5日

同じ大学のIAESTEの研修生と会うことに。夜9時にEnschede駅らへんで待ち合わせる。途中黒人男性に「Yo!タイヤいかれてるぜ!お前程じゃないけどな、Shit!」と言われ、車の助手席に乗った女性に通り過ぎ様「ハロー!チャイニーズ?ニーハオ!」とか連呼される。あいつは絶対にマリファナを吸っていると思い目を合わせないでいたが、最後に手を振って答える。無性に心細くなる。
待ち合わせ場所には人が沢山いた。サルサのイベントがあるらしい。イサベラ、アコスに加えてパウリーナ(ポーランド♀)、アンナ(仮名、ドイツ♀)、サッポ(フィンランド♂)、ロバート(仮名、アイルランド♂)に出会う。仮名なのは名前を忘れた為だ。アンナはは梅宮アンナに似ているので命名した。ロバートにビールをおごってもらう。こっちのビールは日本よりちょっと苦く、炭酸も控えめだ。ごくごく飲む物ではないらしい。最初は男4人で話していたが音楽で話がよく聞こえないのでサルサを見よう見まねで踊る。その後女3人と俺で言葉について話す。11時くらいにイサベラとパウリーナ帰宅。残りの男と合流するとサッポとロバートがまだビールを飲んでいる。かなりビール好きのようだ。5人でディスコに行こうとしたら入場を断られる。俺が履いているビーサンがまずいらしい。ごめんなさい。しょうがないのでクラブみたいなことにいく。ドアが開きっぱなしで人が出たり入ったりしている。ロバートは2人が帰ったことに憤っていた。そしてアンナも帰宅。残った4人でまたトークを交わすも音楽がうるさく、何をするでもなく時間が過ぎるのを待っていた。飲み会で帰るタイミングが難しいのは万国共通のようた。あと男より女の方が精神年齢が高いのも万国共通のようだ。
前に欧人は大人びて見えると書いたが,見た目はそうでも中身はそうでもないかなと、ちょっと親近感がわいた。文化の違いはあっても性格は個人の問題で、アイルランド人はこういう気質だから…と決めつけることに何の意味も無い。こういう変な先入観を取り払えたらいいなと思う。

2004年08月04日

8月4日

アムステルダム着。電車に乗ってEnschedeに行く。駅のトイレを使おうと思ったらエレベーターみたいで使い方が分からず誰かが使うのをこっそり見ているとどうやらお金を入れるとドアが開くらしい。50セント硬貨が無いので売店で牛乳を買っておつりをもらう。トイレを出た瞬間に中に眼鏡を忘れた事に気づく。仕方が無いのでもう1回牛乳を買う。研修の手続きに顔写真が必要なので駅構内にあったプリクラじみたマシーンで写真を撮る事に。アナウンスがオランダ語で困っていたら変な黒人女性に笑われる。駅を出てバスに乗り大学前でおりる。指定された建物で書類を受け取る。Mentorという色々世話をしてくれる人を断ったので、すべて自力でやらねばならない。下宿先まで歩く。遠い。しかも荷物が多い。Mentorを断った事を後悔する。住居着、もろもろの手続きで色々なとこに行く必要があったが構内が広すぎる。気づけば8時。でも明るい。緯度が高いからだ。しかし眠い。わしゃ小学生か!と思ったがよく考えたら2日横になって寝ていない事に気づいた。寝る前に同じとこに住んでるインドネシア人のアリと話す。これからどうぞよろしく。しかしMentorを断ったのは間違いだった。

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2004年08月03日

8月3日

アムステルダム着。電車に乗ってEnschedeに行く。駅のトイレを使おうと思ったらエレベーターみたいで使い方が分からず誰かが使うのをこっそり見ているとどうやらお金を入れるとドアが開くらしい。50セント硬貨が無いので売店で牛乳を買っておつりをもらう。トイレを出た瞬間に中に眼鏡を忘れた事に気づく。仕方が無いのでもう1回牛乳を買う。研修の手続きに顔写真が必要なので駅構内にあったプリクラじみたマシーンで写真を撮る事に。アナウンスがオランダ語で困っていたら変な黒人女性に笑われる。駅を出てバスに乗り大学前でおりる。指定された建物で書類を受け取る。Mentorという色々世話をしてくれる人を断ったので、すべて自力でやらねばならない。下宿先まで歩く。遠い。しかも荷物が多い。Mentorを断った事を後悔する。住居着、もろもろの手続きで色々なとこに行く必要があったが構内が広すぎる。気づけば8時。でも明るい。緯度が高いからだ。しかし眠い。わしゃ小学生か!と思ったがよく考えたら2日横になって寝ていない事に気づいた。寝る前に同じとこに住んでるインドネシア人のアリと話す。これからどうぞよろしく。しかしMentorを断ったのは間違いだった。

2004年08月02日

8月2日

2004年8月から10月にかけていったオランダでのインターンシップの様子をライブでお伝えします。

名古屋空港から中華航空で取りあえず台湾へ。機内食はうなぎ丼じみたもので、暫く食べられないかもしれない和食に舌鼓。和食かは知らんが。乗継が悪くて10時間待たないといけない台湾の空港は殺風景だった。エアコン効き過ぎ。と思っていたら違った、手荷物検査抜けたら普通に賑やかだった。既に出発30分前。9時間も変な所で待っていた。どうりで人いないと思ったよこの野郎!台湾ーバンコクーアムステルダム、後の飛行機はひたすら食って寝る。

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