Predictably Irrational

  • 著者: Dan Ariely
  • 印象: 3 (1-3)
  • 読んだ時期: 2020年4月

 

Behavioral Economics (行動経済学) の観点から、人間に内在する非合理性 (Irrationarity) を解説した本。

 

人類は古典的な経済学では無視されている非合理性を備えていて、何度も何度もその非合理性からくる多様な過ちを繰り返して現在に至っている、というのが本書を貫いている主張である。

 

世界標準の経営理論 (入山章栄著) において、心理学ディシプリンの参考書として紹介されており、組織の仕組みを考えるのに参考にしたいと思って、読んだ。特に4章がとても勉強になった。

 

優れた本は前書きが素晴らしいものが多い。本書の前書きでは、以下のようになぜ行動経済学者を志したか、ということが率直な表現で示されている。

 

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著者は学生時代に大やけどを負って入院し、毎日看護師に包帯を取り換えてもらっていた。その作業 (傷口と癒合した包帯を引きはがす) は大きな苦痛を伴うものだった。

毎日作業を経験するうちに、著者は、「ゆっくりと作業して、痛みを軽減する (ただし作業時間は長くなり、痛みを感じる時間は長い)」のと、「すばやく作業して、苦痛を感じる時間を減らす (ただし作業中の痛みは大きい)」と、どちらが優れた方法 (=単位時間当たりの痛み x 作業時間の積分値が小さい) か、ということに関心を持つようになる。

看護師は優しい人物であり、いろいろと試行錯誤した結果、後者を選択し、退院するまで、その作業を続けた。

退院後、心理学の研究者になった著者は、実験を通して、前者の方が優れた方法であることを明らかにした。ある日、著者は入院していた病院を訪れ、看護師に自分の実験結果を報告した。看護師はその結果に一定の理解を示したが、作業方法を後者から前者に変更することはなかった。

それが著者が、人間に内在する非合理性 (なぜ、科学的に合理的な作業を選択しないのか) に、研究者として関心を持つ動機になった。

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本書は、章ごとにひとつの非合理性に焦点を当て、以下のような構成でその解説をしている。

  • 「なぜ人間は〇〇なのか?」という疑問
  • その非合理性を検証するための (心理学的) 実験方法とその結果
  • その非合理性に対処する方法 (についての著者の考え)

 

本書は、非合理性のメカニズムを解明するものではなく、従来の経済学で見逃されている非合理性の存在を明らかにするものである。なので、本書を読んでも、「自分の中から非合理性を取り去るにはどうしたらいいか」は分からない、というか、そんなことはできない。

 

本書を読んでわかるのは、「自分 (および周りの全ての人) が持つ非合理性とうまく付き合ためにできることは何か」である。

 

自分のために章ごとの結論をまとめると以下になる。

 

1) 比較しないとモノの価値がわからないのはなぜか

説明: 定価25ドルのペンを18ドルで買うために15分遠い店を選ぶことはあっても、455ドルのスーツを448ドルで買うために15分遠い店は選ばない

対処: 比較対象がないと価値判断ができないということを認識する

 

2) (異常に高い) 黒真珠の価値が受け入れられるのはなぜか

説明: 最初に受け入れた金額が価値判断の大きな比重を占める (アンカー効果)

対処: 金額の大小自体ではなく、その物から得られるメリットが払う金額に見合うかどうかに、できるだけ焦点を当てる

 

3) 「無料」に異常に関心を持つのはなぜか

説明: 「無料」には特別な力がある。5ドル→4ドルと、1ドル→0ドルは、同じ1ドルの差分だが、その効果はまったく次元が異なる

対処: 「無料」が別次元の存在であることを知り、必要に応じてうまく使いこなす

 

4) 無償だったものにお金が絡むと、急に不幸になるのはなぜか

説明: 社会にはSocial NormとMarket Normの2種類がある。両者を混ぜると人間関係が壊れる。いったんMarket Normに染まってしまうと、Social Normに戻すには大変な時間と労力がかかる

対処: 両者を混ぜないよう注意深く行動する。仕事の満足度を高めるには給与だけでなく自尊心を高めるSocial Norm的なアプローチが有効な場合がある

 

5) 興奮すると理性を失うのはなぜか

説明: 興奮(性的含む)状態での意思決定は、平常時よりもモラルに欠ける

対処: 意思決定に冷却期間を設ける

 

6) やりたいと思うことを出来ないのはなぜか

説明: 締切が緩いと、アウトプットの質が落ちる

対処: 強権的に締切を決める (または決めてもらう)。もしくは、締切を自分で決める仕組みを作る

 

7) 自身の持ち物を過大評価するのはなぜか

説明: 所有するもの、または所有していると想像するだけでも、その物を過大評価する

対処: 所有者であるという意識をできるだけ捨てる

 

8) メリットのない選択肢を捨てられないのはなぜか

説明: 明らかに現状よりも利益の小さい選択肢を、コストを欠けてでも維持しようとする。例えば新しい恋人がいるのに、復縁できそうにない昔の恋人との縁を切れないなど

対処: 選択肢を維持したり、迷うこと自体に時間的な損失があることを理解して、さっさと捨てる

 

9) 期待すると冷静に判断できないのはなぜか

説明: 期待や思い込みは、実際の行動や知覚に影響を及ぼす。例えば「ビールの中に酢が入っている」という事実を、飲む前に知らされるのと、飲んだ後に知らされるのとでは、味の感じ方が異なる

対処: 良い影響を与える期待/思い込みであれば、うまく活用する。悪い影響を与えるものであれば、Blind Condition (期待/思い込みを誘発する事実を開示するタイミングを行動の後にする) をうまく活用する

 

10) 同じ効能を持つ薬でも、値段が高い方が治りやすいのはなぜか

説明: いわゆるプラシーボ効果 (Pracebo Effect)。薬の効能は、購入価格と期待値のいずれとも正の相関を示す。後者の方がより強い効果を及ぼす。

対処: プラシーボ効果をどこまで医療システムに組み込むべきかという問題は、著者にも明確な答えを出せていないが、医療費がうなぎのぼりに増えている現状を鑑みると、もっとうまく活用できる余地があるのでは、と考えている。

 

11) 良識ある人が不誠実に振る舞うのはなぜか

説明: ズルをできる機会が与えられると、どんな人でもズルをする。ただしそのズルの程度はモラル意識により制約される (程度は比較的小さい、少なくともアメリカのようにモラル意識がしっかりしている国では)

対処: Honor code (倫理規定) への同意にサインさせることで不誠実な振る舞いを防げる。ただしそれは不誠実な行為を行う機会の直前でないと効果が低い

 

12) (11にも関わらず、) 現金が絡むと誠実に振る舞うのはなぜか

説明: 現金を会社の財布から取ることはないが、(会社の現金で購入した) ボールペンを家に持って帰ることに抵抗はない。

対処: 現金を介さない状態を作ると、人はより不誠実に振る舞うことを理解する

 

本書内で紹介されている実験はアンケートやゲームがメインで、素人でもわかりやすく、読んでいて面白い。

 

例えば5章の実験は、興奮時とそうでないときで意思決定の基準がどう変わるかを調べるために、被験者 (MITの男子学生) にオナニーをしてもらって、イキかける前の興奮度マックスの状態でアンケートに答えてもらっている。

 

実験作業 (オナニー) を促進するため、最初はPC画面中にエロ画像が表示されており、学生がイキかけるときに画面をクリックする (ことによりイキかけていることを自己申告する) と突如アンケート画面が表示されるという、大変シュールな手順が紹介されている。

 

イってしまうと実験中止、万が一に備えてPCが (MacBookらしい) にラップで保護されているなど、細部にわたって丁寧に説明されており、読んでいて面白いし、実験の雰囲気が伝わってくる。

 

組織づくりを行う上で、示唆に富む内容だと思った。