読書感想: 地図と拳
- 著者: 小川哲
- 読んだ感じ: 3 (1-3)
- 読んだ時期: 2025年3月
第二次世界大戦前後の満州で生きた人たちの話。
満州がまだ李家鎮という何もない田舎の村だったときに、対ソ連の軍事スパイとして中国に来ていた2人の日本人が、地元民の「燃える土」という話を耳にして、李家鎮で石炭が取れることを発見するところから話が始まる。
実在しない青龍島という島がなぜ地図に描かれることになったのか、という調査に人生の大半を費やした須野という気象学者が、李家鎮を最初に発見した細川に見出されて満州鉄道に入社し、満州という名前に変わった李家鎮に地図を引いて国家の形を作っていく。
発展し始めた満州は、ソ連南下政策の軍事的な要衝でもあり、中国人、ロシア人、日本人が大量に流れ込み、それぞれが好き勝手に町を作りかえていく。住み慣れた土地を追い出され、搾取される農民は怒り、破壊と殺戮が行われる。
細川や須野といった、李家鎮を最初に発見した人間たちは、この土地に人種や思想を超えて人間が共存する理想郷を夢見た。世界大戦前後の激動する情勢の中で、理想のかけらもなく作り替えられ破壊されていく李家鎮を前にして、絶望したりしなかったりする様子が、立場の異なる中国人、ロシア人、日本人それぞれの視点で描かれているのがとてもよかった。
要衝であった満州は、第二次世界大戦において散々に破壊されたのち、戦争末期には軍事的な価値もほとんどなくなり、人間が去り、廃墟と化す。
物語の最後、誰もいなくなった李家鎮で、中国人の孫と日本人の須野明男が再会し、ロシア人のクラスニコフ神父が生前に残した巨大な白地図を広げ、かつての町に思いをはせるシーンは、満州で生きて死んでいった人間へのレクイエムのようなものだったんだと思う。