• 著者: 中島京子
  • 個人的な印象: 2.5 (1-3)
  • 読んだ時期: 2025年10月

 

ある家庭の女中として第二次世界大戦前後を生きたタエという女性の話。

 

話は老後のタエの視点から書かれており、数年前に出版した女中時代の経験を書いた家事本が割にヒットして、年金と印税で慎ましく過ごしていたタエが、出版するでもなく書き始めた自叙伝的を綴るパートと、その自叙伝を盗み見ながら茶々を入れる甥のパートから構成される。

 

タエの視点では、大戦前の日本はひどくのんびりしており、日中戦争の勝利を記念するデパートの祝賀イベントではしゃいだりしている。そんな描写を読んだ甥は、「日本軍が南京大虐殺を起こしたような戦争で祝賀イベントをするなんてとんでもない、事実を歪曲するもんじゃない」みたいな感じでたしなめられるのだが、当時に生きた人々、特に戦争から遠い立場にあった女性や子供にとっては、それが素直な心境だったのだろうと思い、ちょっと新鮮だった。

 

とはいえ、第二次世界大戦が始まり、日本が追い詰められていくと、生活は少しずつ厳しくなり、ある時突然に「時代が私達の生活を追い越して」しまい、当時を振り返ることもできなくなって自叙伝は唐突に終わる。戦争の悲惨さが直接語られることはないが、タエの人生にも少し関わった、とある絵本作家が残した絵本の描写が、タエののんびりした自叙伝との対比もあって大変心に残る。

 

タエが残した自叙伝にはひとつだけ嘘があり、それがタエの人生における一つの悔恨を象徴していて、その事実をタエの死後に発見した甥が、最終的に真相にたどり着くところが、タエを救っている感じでとても良かった。