3月に新型コロナウィルスに感染したので、その記録を残しておく。ちなみに僕は平日は津市内に宿泊し、週末に大阪に帰る、というプチ単身赴任的な生活を送っている。

 

<3/2 (水)>

 

宿泊先のホテルにて、未明に目を覚ますと体がだるくて寒気がする。熱は平熱。持っている服と上着を全部着込んで寝る。朝になっても症状回復しないので、会社に連絡して休む。病院に行くだけの気力もなく、ひたすら寝る。

 

<3/3 (木)>

 

だいぶ症状が改善したが、昨日は痛くなかった喉の痛みが出てきた。年度末で仕事山積みなので出勤しようと思ったが、会社と相談した結果、万が一のコロナの可能性も鑑みて、病院に行くことにする。近隣の病院に電話すると、診療時間とは別の時間に診察するとのこと。11時くらいに病院に行き、受付に行くと、引きつった顔で「駐車場で待っといてください」と言われる。コロナ感染の疑いのある患者は病院に入れない仕様になっているらしい。

 

20分くらいすると、看護師さんが車に近づいてきた。症状を一通り説明すると、「抗原検査しましょう」となり、鼻の中に綿棒を突っ込まれる。15分程度で結果が分かるので待っててください、といった3分後に看護師さんが戻ってきて、「早くも線が出てますので、コロナ陽性です」とのこと。がびーん。申し訳程度の解熱剤とうがい薬をもらい、ホテルに戻って保健所からの連絡を待つ。

 

ホテルに戻って1時間後くらいに、津市の保健所から電話がかかってくる。発症の経緯を説明。家族と会社の人が濃厚接触に該当するのかというのが一番気がかりだったが、感染2日前までの接触が無かったという点で家族は該当せず、また会社の人は職場環境 (常時マスク、離れて作業) から該当しないという結論になり、とりあえず安心する。療養をどうするか、という話になったが、卒業式を間近に控える娘を筆頭に子供が4人いる身としては自宅療養は避けたく (家族全員濃厚接触者と認定され、自宅待機になる)、宿泊療養でお願いできませんか、と交渉した結果、了承していただいた。ありがとうございます。ちなみにどうしても自宅療養になる場合は、岐阜の実家に転がり込もうと思っていた。

 

宿泊療養は結局、翌日からとなり、それまでは現在のホテルに留まることになった。当然ホテル名も保健所に開示する。しばらくするとホテルの担当者から電話がかかってきて、ものすごく心配そうな声で「なんか津の保健所から私に連絡があったのですが、、、」と連絡をもらう。正直に経緯を話し、あと1泊だけさせてほしいとお願いすると、承認してくれた。ありがとうございます。

 

もはや外出をすることができなくなってしまったので、持ち込んでいる食べ物をかき集めて飢えをしのぐ。夜になると再び寒気がするようになり、服を着込んで寝る。

 

<3/4 (金)>

 

寒気はだいぶマシになり、喉の痛みも緩和。チェックアウト時間まで今のホテルにいてくださいとの保健所からの指示で、13時前までじっとしている。チェックアウト前に、申し訳程度に部屋の喚起をしておく。ホテルの担当の方にお礼を行ってチェックアウト。車に直行して、そのまま療養先のホテルに向かう。

 

ホテルの駐車場に到着した後、指示された通りフロントに電話すると、準備するから少し待つように言われる。5分後に電話がかかってきて、ホテルの中に入るよう言われる。

 

ホテルは臨時休業ということになっている。ビニールで覆われたドアをあけて中に入ると、完全防備感染対策を施したスタッフの方に出迎えていただく。同意書類へのサインや身分証明のコピーなどを、スタッフさんの指示の元、自力で実施し、部屋の中に入る。ここから療養期間が終わるまで (最短で3/12)、一歩たりとも部屋の外に出ることはできない。ショーシャンクの空に、の懲罰部屋を思い出す。

 

ホテルはごく普通の小綺麗なビジネスホテルのシングルルームで、率直に言って僕が普段宿泊しているホテルよりもクオリティは全然いい。必要最小限のアメニティが支給されているが、衛生上の理由でタオルは支給されない。たまたま持参していたので助かった。部屋の掃除もセルフサービス。食事は時間になるとお弁当がドアの前に置かれ、ドアを開けて自分で取るという形式になっている。一日に3回、体温、spO2 (酸素濃度)、脈拍と症状アンケートを記入する。インターネットはホテルのWifiを使用可能、Wifi名とパスワードが同じというザルセキュリティだが気にせずフル活用した。買い物は当然NGだがネットショッピングは可 (ただし事前にホテルに申告が必要)。

 

2時にチェックインしたが、昼食は終わっており夜まで食べるものが無い。残っていたお菓子と支給されている水でしのぐ。食事はお弁当だが何の不満もない。とりあえずゆっくり休める場所に落ち着けた安心感が8割、これから1週間やっていけるだろうかという2割の不安を胸に、寝る。

 

<3/5 (土)>

 

喉の痛み以外の症状はほぼ無くなった。熱は36℃後半で普段よりちょっとだけ高い感じがある。なんせ暇である。妻が加入しているアマゾンプライムのアカウント情報を取得して、攻殻機動隊を見て過ごす。また、妻に連絡して、送ってほしいものとして以下をリクエストする。

 

・マグカップ (ホテルに無い) ・耳かき ・爪切り ・本 (読みかけ+読もうと思って読めてなかった長編小説) ・ゲーム ・コーヒーとか紅茶とか ・各種お菓子

 

食事はだいたい、朝がパン、昼が麺類や丼類、夜がいわゆるお米の弁当、という感じ。昼にはちょっとだけお菓子がついており、潤いを与えてくれる。量はそんなに多くないが、なんせ動かないので全然お腹はすかず、3日に1回くらい、1食分残してしまう感じだった。

 

1日に1回くらい、看護師から電話がかかってきて、体調の説明をする。ほぼ症状は無いので30秒くらいで終わる。症状が重い人とかは、Zoomによるテレビ電話なども行うらしい。僕は入居当日にホテルの指示でスマホにインストールしたが、結局一度も使わなかった。

 

<3/6 (日)>

 

ほぼ完治。こんなところで国のお金でタダ飯食って過ごしていることに罪悪感を感じながら過ごす。成り行きで、三重県で宿泊療養させてもらうことになったので、ふるさと納税を申し込んで多少なりともの恩返しをする。昨日に引き続き、基本的に攻殻機動隊を見て過ごす。

 

<3/7 (月)>

 

リモートワークで仕事をする。社長からメールが来て、一人の社員が風邪っぽい症状を発症したので病院に行ったとのこと。もしかして伝染してしまったか? と緊張が走るが、結果的には陰性であり、その後も他の人への感染は見られなかった。よかった。年度末なのでとにかく忙しく、自分の仕事の一部も他の人に肩代わりしてもらうことになり、申し訳なさを感じつつ、普段ほったらかしていた事務仕事に精を出す。

 

<3/8 (火)、3/9 (水)>

 

月曜と同じように仕事。看護師から電話があり、療養終了予定の72時間前に新たに症状が見られたら、療養が長引くことになるので気をつけてね、と言われる。勘弁してくれ。

 

18時に打合せがあったが、18時にちょうど夕食の館内放送が流れてしまい、会議始まった瞬間にマイクをミュートにして不自然な時間が流れた。次回以降、打合せは18時15分からにすることを心に誓う。

 

<3/10 (木)、3/10 (金)>

 

やれるデスクワークも大概無くなってきて、よく分からない焦燥感を感じるようになる。できる仕事をリモートワークで実行しているのだが、それをやればやるほど、本当にやらなければならない仕事は相変わらず何も進展せず残され続けているという事実を顕著に認識することになり、焦燥感を感じるのだと思う。もちろん、一部の現場仕事は他のメンバーがサポートして実施してくれているのだが、それはそれで、ただでさえ忙しいのに僕の仕事まで肩代わりしてもらって申し訳ない という気持ちも増して、それも焦燥感の要因になっているように感じる。そうすると、現実を直視するのが嫌になって、仕事から離れて無為の時間を過ごしてみるのだが、それはそれで焦燥感を生み出すものであって、どうやってもこの状態からは解放され得ないことに気づく。

 

ちょうど見てた攻殻機動隊SACの最終回で、公安9課が解散してダミー雇用先の警備会社から無期限の自宅待機命令を出されたトグサが、3ヶ月後に頭おかしくなりかけて自分でもわからないまま銃を持って国会議事堂っぽい場所に向かう場面が描写されるが、あんな感じの頭おかしくなりかけた感じが今の僕には分からないでもない。

 

<3/11 (土)>

 

隔離期間が終了し、その間体調に異常がなかったので、晴れて完治、退院となる。退出前に床やトイレを一通り掃除して、ゴミをまとめる。ベッドシーツや枕も捨てるので、ゴミ袋に入れておく必要があるらしい。もったいないなと思いつつ、これが元で感染したら意味ないので仕方がないのだろうと思う。

 

片付けを終えて、約1週間滞在した部屋を出る。1階に下りると来たときと同じように完全防備のスタッフが一人おり、見送ってくれた。車に乗って大阪に帰る。